号泣した秋季大会…1人で持った優勝旗 夏連覇へ、慶応・加藤主将を奮い立たせる“刺激”
愛されキャラのキャプテン「嫌われるようなことがない性格」
7月5日、横浜スタジアムで行われた第106回全国高等学校野球選手権神奈川大会の開会式。前年夏の甲子園を制した慶応高の主将・加藤右悟の手によって、深紅の大優勝旗がスタンドの観客に披露された。
2015年に東海大相模が甲子園を制して以来、8年ぶりに神奈川に戻ってきた夏の大優勝旗。加藤は一塁側、ネット裏、三塁側のスタンドに向かって、高々と優勝旗を掲げた。
じつは、大優勝旗の披露は、5月に群馬県で開催された春季関東大会に次ぐ2度目となる。この時、チームは県大会の準々決勝で横浜に敗れていたため、加藤はひとりで開会式に臨んでいた。
わざわざ、そのためだけに群馬に行くのはどんな気持ちだったのか。
「寂しかったですよ」と本音を口にしたあと、「でも、何もせずに帰るのがもったいないなぁと思ったんで、近くにいた健大高崎の部長先生にいろいろ聞きまくりました」と、意外なエピソードを教えてくれた。
「練習の内容とか、トレーニングのやり方や頻度を聞いて、めちゃくちゃ参考になりました。健大は初動負荷に力を入れているらしいですけど、可動域を広げるだけでなく、筋肉を鍛えることにもつながると聞いて、興味が湧きました」
これまでの取材を通して感じてきたことだが、人懐っこいタイプで、大人に対してもコミュニケーション力が高い。真面目な話をすることもあれば、ユーモアを交えて、取材陣を笑わせることもある。「うまく話すのは苦手」と語るが、“素”のままの対応で、人の良さが十分に伝わってくる。
森林貴彦監督曰く、「チームの誰からも愛されているのが加藤。人として、嫌われるようなことがない性格をしています」。
昨年の秋季神奈川大会は準々決勝敗退…自分らしさを追求した1年
昨夏の新チーム発足時、主将に指名された加藤は、「大村さんのようにはなれないかもしれないですけど、ぼくはぼくらしく頑張るので、日本一獲っちゃいましょう!」と、100人を超える部員の前で宣言した。
大村さんとは、日本一を果たした時の主将・大村昊澄(慶大)のことだ。抜群のリーダーシップを持ち、「大村がキャプテンだったから、日本一になることができた」と森林監督が語るほどの信頼を得ていた。
6月の後半から、大村と加藤の2人で交換ノートを始めて、チームの現状や課題について、文字を通して語り合ったこともあった。
甲子園では外野を守っていたが、新チームからは本職のキャッチャーへ。県央宇都宮ボーイズ時代には、小宅雅己とのバッテリーで日本一を果たしている。
優勝候補に挙がっていた秋は、準々決勝で桐光学園に0-4で完敗。試合後、加藤は取材を一時中断せざるをえないほど泣きに泣いて、敗戦の責任を背負い込んだ。
「日本一のチームが負けてしまって……。秋に負けたあとが一番きつかった」と、のちに振り返っていた。
自分たちも周りも、どうしても栄光を勝ち取った先輩たちと比べてしまう。「大村さんだったら、こういうときにこんなことを言うのかな」と思うこともあった。尊敬する先輩だからこそ、大きな影響を受けていた。
ただ、当然のことながら、加藤は加藤であり、大村にはなれない。森林監督は「加藤らしさを出してくれればいい」と、助言を送り続けた。
加藤らしさ、自分らしさとは何か――。
「考えても、わからないです(笑)。自分らしさって何なのか。でも、春頃から思うようになったのは、自分が思ったことを普通に言えば、自分らしさが出るのかなって」
信頼する学生コーチからは、「右悟らしくやっていれば、みんなを巻き込めるから」と言葉をもらい、気持ちが楽になったという。
大好きな先輩・渡辺憩から受ける刺激「勝ちたい」
最後の夏。加藤にはふたつの大きなモチベーションがある。まずはチームとして、「みんなで甲子園に優勝旗を返し、日本一になる」。ひとりで返しにいく寂しさは、春季関東大会で十分に味わった。
昨秋以降、腰痛等に苦しんでいた小宅が春に復帰し、徐々にコンディションを上げてきている。ただ、昨夏のようなピッチングができるかは不透明なところがあり、6月に入ってからはチーム全体で今一度、バッティングの強化を図る。
もうひとつのモチベーションは、大好きな先輩・渡辺憩(慶大)に勝つことだ。昨夏、正捕手として日本一に貢献した渡辺は、東京六大学の春季リーグ戦でサヨナラホームランを放つなど、早くも存在感を見せている。
「たまったもんじゃないです(笑)。刺激しかないです。憩さんに勝ちたい。スマホのホーム画面も、優勝した時に憩さんとギュッと抱き合っているシーンで、部屋の壁には憩さんがホームランを打ったときの写真を貼っています」
「夏に向けて、何か激励はもらいました?」と聞くと、「いや、憩さんはそういうことを言う人じゃないんです」と笑った。
「どれだけ活躍しても、オラオラしている感じがなくて、まったく憎くない。憩さんは、本当にかっこいいんですよ。めっちゃ尊敬していて、大好きな先輩ですけど、野球では絶対に勝ちたいです」
キャプテンに就いてからの1年。「苦しくはないですけど、心の底から楽しかったわけでもない」と本音を明かす。
「何っていうんですかね、野球は楽しいですけど、チームとしての成果がまだ出ていないので。成果が出ないと楽しくない。ここまでやってきたことを、夏にすべて出せるように頑張りたいです」
初戦は7月11日。チームスローガン「KEIO日本一」に向けた戦いが始まる。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。
※7月9日9時11分、記事が一部不完全な状態で公開されました。お詫びして訂正いたします。
(大利実 / Minoru Ohtoshi)
○著者プロフィール
大利実(おおとし・みのる)1977年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、スポーツライターの事務所を経て、フリーライターに。中学・高校野球を中心にしたアマチュア野球の取材が主。著書に『高校野球継投論』(竹書房)、企画・構成に『コントロールの極意』(吉見一起著/竹書房)、『導く力-自走する集団作り-』(高松商・長尾健司著/竹書房)など。近著に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(カンゼン)がある。