落合の巨人入り阻止…煽り受けた守護神「やめよかな」　説得拒否した伝説スカウト・法元英明氏の親心

1979年ドラ1の牛島和彦を担当した法元英明氏…家族とも意気投合した

　中日の伝説のスカウト・法元英明（ほうもと・ひであき）氏にとって、担当して獲得した選手は身内みたいなものだ。そういう意味でも、つらく悲しい気持ちにさせられたのが、1979年ドラフト1位で竜の守護神として活躍していた牛島和彦投手が、1986年オフにロッテ移籍を通告された時だった。返事を保留し、現役引退も口にしはじめた右腕とともに悩み、苦しんだ。一時は法元氏も退団を考えたという。

　ドカベン・香川伸行捕手とバッテリーを組み、甲子園を沸かせたスター右腕・牛島も法元氏の担当選手だが、獲得への動きは決して早くなかった。「あの年（1979年）の中日は新日鉄室蘭のピッチャーの竹本（由起夫）に力を入れていたので、牛島に関しては僕もゆっくり見ていた。（大阪・大東市の）牛島家に行ったスカウトの中では僕が一番最後だったんじゃないかな」。実力は甲子園大会でわかっていたが、獲る、獲らないの話になるとも思っていなかったそうだ。

「南海のスカウトに『牛島から“僕を獲ったら一生恨みますからね”って言われた。あの顔を見たら絶対獲れんわ』なんて話を聞いていたので、どうするつもりなんだろうとは思っていた。大学とか社会人に行くという話も聞こえてこなかったのでね。そしたら僕の関大の時の同級生で、（奈良）郡山の監督の森本（達幸）が牛島家と親しくしていて『プロに行くらしいで』って言うから『ホンマか、そりゃあ一度行かなアカンな』ってなったんですよ」。

　牛島は九州に住む耳の不自由な祖父から「ラジオじゃ聞けないぞ」と言われ、テレビ中継が多い巨人と対戦できるセ・リーグを希望していたのだが、何よりも法元氏と牛島家が意気投合した。「中日のスカウトは布施、東大阪育ちの法元で、八尾高校出身で甲子園に出た、それから関大に行ったとか、逆に向こうが僕のことを調べていて、ものすごく親しみを持ってくれた。話したら、近所で生まれ育っているし、主語なしでしゃべれるわけ。もう笑いっぱなしやった」。

驚いた牛島の“野球脳”「すぐにコーチもできると思った」

　縁も感じた。「牛島は浪商1年の夏、八尾に（5回戦で）負けたんだけど、その試合を僕もスタンドで見ていたんだわ。八尾が勝って喜んでいたんだけどね。そんな話にもなったね」。牛島の話にも驚かされたという。「ピッチングのことをいろいろとしゃべってくれたんだけど、こいつは凄いと思ったね。まだ高校生なのに、すぐに投手コーチもできると思ったよ」。一気に牛島の魅力にとりつかれた法元氏は、中日の大越貫司スカウト部長に報告を入れた。

「竹本のこともあるので、牛島を指名するには大越さんに認めてもらわないといけなかったからね。そしたら大越さんも牛島にゾッコンになっちゃって“牛島で行こうや”って言ってくれたんですよ」。1979年11月27日に東京・飯田橋のホテルグランドパレスで開催されたドラフト会議で中日は牛島を1位で単独入札に成功し、交渉権をつかんだ。「単独でいけるかどうかは心配だった。よかったぁって思ったね」。

　牛島は1年目（1980年）の8月から1軍に昇格し、2勝をマーク。2年目は開幕から1軍に定着し、3年目にはクローザーとして17セーブを挙げ、優勝に貢献した。4年目はリリーフ中心ながら10勝、5年目には自己最多でリーグトップの29セーブと活躍を続け、7年目の1986年もチームが5位に終わった中、16セーブと奮闘していた。そのオフにOBの星野仙一氏が39歳で中日監督に就任。そして12月23日、牛島はロッテへのトレードを通告された。

　3冠王3度のロッテ・落合博満内野手に対して、中日からは牛島の他に上川誠二内野手、平沼定晴投手、桑田茂投手の4選手。1対4の交換トレードだった。当時の落合は巨人移籍が濃厚と言われ、それに星野監督が「巨人に獲られてはいかん」と巻き返した結果だった。法元氏は厳しい表情で振り返った。「あの日、牛島は僕を下呂温泉に招待してくれたのよ。あいつは選手会のゴルフがあって遅れてきたんだけどね。そしたら……」。

「牛島を説得してくれ」…球団からの依頼も断り「できません」

　牛島は球団から呼び出されて、名古屋観光ホテルでまさかのトレードを告げられ、返事を保留して自宅に戻った。「牛島の家に10人くらい集まったかなぁ。あいつはショックを受けていた。やめると言っていたよ。芸能人になろうか、なんて話も出た。誰か芸能事務所を知らんかって話にもなったね」。法元氏にとっては、担当した田尾安志外野手（1975年ドラフト1位）が1985年の春季キャンプ前に西武へトレードとなったことに続く衝撃だった。

「田尾の時も悔しかったのに、さらに牛島もやからねぇ。トレードを通達した人のなかには大越さんもいたそうだ。その時はスカウト部長ではなくて総務部長かな。球団からは『牛島を説得してくれ』って言われたけど『できません』と言った。あの時は僕も（中日を）辞めることを考えたよ。だって、あれだけ苦労してきた選手を、簡単にトレードなんて決められたら困るんだわ。落合を巨人に行かせんためとか、星野はそんなことまでしてやりたかったのかなって思ったよ」

　つらく重苦しい時間が続いた。「星野は小松以外なら誰でもいいって言ったらしいわ。大越さんも“牛島、牛島”じゃなくて、あの時は“星野、星野”だったからね。立場上、そうなるのも仕方なかったのだろうけどね」と法元氏は、今でも悔しそうに話した。「最後は牛島と電話で話した。心を落ち着かせて、いろんなことをね。そして“子どもも生まれたばかりやし、しゃあないなぁ”ってなったのも覚えているね」。牛島は熟考を重ね、ロッテ移籍を了承した。

　牛島らとの交換で中日に来た落合を、法元氏がキャンプ地に連れていったという。「『みんなもうキャンプに行っちゃっているからアンタが連れていってくれ』って球団の人に言われてね。たまたま僕が名古屋にいたからなんだけどね」。落合に対してどうとかではなく、牛島のことを思って複雑な気分だったのは言うまでもない。「そりゃあね……。でも、それを断ったら“お前何様や”って言われそうやったから『いいですよ』って言ったけどね」。

　さらにこう話した。「牛島は、ドラゴンズが好きで、ドラゴンズで活躍して、貢献して、ファンの人たちと本当に楽しい思いをしている真っ最中だったんだ。野球人生の絶頂期にこれから入ろうとしている時だった。それだけにね……」。牛島はロッテでも活躍した。のちに横浜で監督も務めた。それは法元氏にとってもうれしいことだったが、あのトレード劇に関しては、釈然としない部分がずっと残っているようだ。