選抜V後に異変…靭帯損傷で手術危機 エースが越えた試練、託された“最後のアウト”に涙
神戸弘陵のエース・伊藤まことは選抜V後に肘靭帯を損傷…3か月ノースローが続いた
100周年を迎えたばかりの聖地に新たな歴史が刻まれた。阪神甲子園球場で3日に行われた「第28回全国高等学校女子硬式野球選手権大会」の決勝で、神戸弘陵(兵庫)が3-0で花巻東(岩手)を下し、過去最多61チームの頂点に立った。3月の選抜大会とあわせて史上初の2年連続春夏連覇を達成。石原康司監督は「やるからには一戦必勝。それが優勝へと繋がった。非常に大きな喜びで胸いっぱいです」と語った。
1回戦から決勝までの6試合をすべて無失策、無失点。鉄壁の守りで他校を圧倒したが、選抜大会と比べると、チーム状態は決して万全ではなかった。昨夏の優勝投手でエース左腕の伊藤まこと投手(3年)が負傷し、今夏は準決勝まででわずか1試合の登板にとどまった。小学6年でマリーンズジュニアに選ばれ、中学3年時には佐倉シニアで全国4強を経験した実力者で、勝利に欠かせない柱だった。
いつもと違う感覚と痛みが生じたのは選抜大会中だった。履正社との接戦を制した準決勝の終盤、伊藤は身体に違和感を覚えた。「まだ大会中だったのでなにも言わずに決勝も投げたけど、やっぱり力が発揮できなくて」。大会後に受診した病院で「左肘靭帯の損傷」と診断され、今の生活を続ければトミー・ジョン手術(靭帯再建術)を検討しないといけなくなるかもと告げられた。
「想像していたより大怪我」だったことに焦った。しかし、石原監督から「野球人生も、その先も、将来があるんだから。絶対にここで潰れてしまってはいけない」と諭され、5月から3か月間はノースロー。下半身強化や、他選手を見ながら研究するなど「今まで以上に徹底的に、こんなにやったことあるかなというくらい必死」で、できることに打ち込んだ。
9回2死から登板し優勝投手…涙の後に笑顔「なんかもう幸せだな」
7月20日の選手権開幕直前から少しずつスローイングを始め、熊本国府との3回戦で大会初登板を果たした。「甲子園もギリギリ間に合ったくらい」と、左肘に違和感が残る状態だったが、9回2死からマウンドに上がると、花巻東の神山桃実内野手(1年)を3球で右飛に打ち取り27個目のアウトを奪った。
石原監督は試合後、「先発した阿部(さくら投手・2年)に何かあった時のために準備させていました。何もなくても、最後は伊藤と決めていました」と明かし、「この3年は彼女が後ろにいてくれたから、昨夏の樫谷(そら投手・阪神タイガースWomen)もそうですが、前が安心して投げられた。最後は彼女を1番手にしてあげたかった」と伊藤を思いやった。
一方の伊藤は、目に涙を溜めながら「なんかもう嬉しくて、気持ちよかったです。2年半やってきたことがここで全て出せたとは思えないんですけど、春と夏に投げさせてもらえて、夢の舞台でプレーできて、なんかもう幸せだなって感じです」と笑顔で語った。
高校を卒業しても野球を続けるつもりにしている。これからも故障との闘いは続くが、8月1日に100周年を迎えた聖地で最初の優勝投手になった左腕の目は、困難を乗り越えた先に訪れるであろう明るい未来を見据えていた。
(喜岡桜 / Sakura Kioka)