初登板で防御率72.00…2軍敗戦処理でボコボコ 120キロ台の直球は「恥ずかしかった」
星野伸之氏は1年目に1軍打撃投手を務め、投げすぎで左肩を痛めた
野球評論家の星野伸之氏(元阪急・オリックス、阪神)は、現役時代「星の王子さま」の愛称で人気の細身左腕だったが、プロ入り当初は試練の日々だった。1983年ドラフト5位で旭川工から阪急入り。プロ1年目の1984年は、肩は壊すわ、2軍デビュー戦では打ち込まれるわ……。おまけに衝撃を受けたのはストレートの球速が120キロ台だったこと。「130キロ台は出ていると思ったので、“あれ?”って感じ。恥ずかしかった」と当時の心境を語った。
社会人野球入りをやめて、思い切って高校からプロ野球の世界に飛び込んだ星野氏だが「プロに行けたうれしさとかは何もなかった」という。「入団した瞬間に先輩から『お前もすごいところに入って来たな。とにかく走るからな、ついてこいよ』と言われて……。社会人野球も1回練習に行かせてもらったけど、その時もえげつなかったのに、その上のレベルで野球するのかと思った時に、また怖くなりました」。
当時は1月から合同自主トレ。「1月、2月と2か月キャンプみたいなもんですよ。ホントによく走らされました。他球団もそうだったのかもしれないけど、アホみたいに走っていました。1月はブルペン入りもない。走って、走って、走って。アップでみんな湯気が出ていましたもん、汗で」。その上で星野氏に出されたのが「太れ」指令だ。「その頃の体重は68キロくらい。『飯食え』って。でもあまり食が太くなかったし、どうしても太れなかったんですよねぇ」。
頑張って食べた時もあったそうだが「そういう時は別に悪いものを食べたわけでもないのに(お腹を)下して、それが謎の1週間くらい続いて、68くらいに戻った瞬間にピタッとおさまるってこともありました」と苦笑する。「逆に汗をかいて2キロくらいやせても絶対68くらいに戻るんですよ。若い時はずーっとそんな感じでした」。女性ファンを増やした細身の体型は自然とキープされたものでもあったわけだ。
「1年目は1軍でバッティングピッチャーもしていました。福本(豊)さんにも簑田(浩二)さんにも投げました。まぁ、バッティングピッチャーというかピッチングですよね。だいたい25分くらい投げた。ほぼ毎日です。それで肩を壊しました。病院に行ったら『投げすぎです』と言われましたよ。それから2か月くらい投げられなかったんですけど、2軍投手コーチだった山口高志さんに怒られたんです。『お前はいつになったら投げるんだ』ってね」。
2軍デビュー戦は1イニング8失点…自身の球速に「あれ、あれって感じ」
その時も左肩は痛くて「いつ投げられるか自分でもわからなかった」という。「だけど、じゃあ明日から投げますって言っちゃったんです。これでぶっ壊れたら野球人生終わりだなって思いながら1週間投げました。3日目までは死ぬような痛さだったけど、投げないとどうにもならないと思って投げました。そしたら4日目くらいに痛みが取れてきたんですよ。最初は麻痺しているのかなって思ったんですけど、それからはずっと投げられたんです」。
どうしてそうなったのか。いまだに解明できていないそうだが、ウエスタン・リーグ中日戦での2軍デビューは無残だったという。「0-7の9回に敗戦処理で投げて8点取られました。0-15で負けです。その次の日がちょうどシーズンの折り返し地点だったので2軍の防御率発表デー。いきなり72.00の最下位ですよ。先輩にバカにされました。『72.00って73点取らないと勝てないんだぞ』ってね。まぁ最後は11点台までは下げたんですけどね」。
2軍で滅多打ちされてショックでもあった。「こんなに打たれるのって思いました。カーブもちょっとタイミングは狂わせるんだけど、それでも全部運ばれるんですよねぇ、バットが間に合うというか、残っているというか……」。さらに衝撃を受けたのは自身のストレートの球速だったという。「投げて振り返ったら(スピードガン表示が)126とか7とか8とかで、あれ、あれって感じでした」。そこまで遅いとは思っていなかったそうだ。
「遅いのはわかっていましたけど、高校時代は真っ直ぐでも三振は取れていたし、130キロ台は出ていると思っていた。そしたらずーっと120キロ台だったのでね。これはもうショックというより、プロとして恥ずかしかったです。どうやったらスピードガンで出るんだろうと思って、シュッと無茶苦茶速く腕を振ったりもしたけど変わらなかった。そこと闘った時期もありましたよ」。
その先の努力で、遅いストレートをカーブ、フォークとの緩急や投球フォームの工夫で速く見せるのが星野氏の持ち味のひとつにもなっていくのだが、プロ入り当初はあまりにも残酷な現実にも感じられていたのだろう。「(1軍で)勝ち出すと遅いのも気にならなくなりましたけどね」。120キロ台のストレートは星野氏の特徴だったが、そんな時代もあったのだ。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)