異例の“チーフ制”導入、選手が稟議書を作成 都狛江が実践する令和の野球

JCOMで東京応援番組MC・豊嶋彬氏が迫る連載、第2弾は都狛江
令和の高校野球を探ろうと取材を進めています。前回の朋優学院に続いて、今回の取材は小田急線和泉多摩川駅から徒歩圏内にある都狛江です。2021年夏の大会でのベスト8という大躍進で話題となった野球部を訪れました。約10年、東京の高校野球を取材を続けている私、豊嶋彬が3回に渡り、レポートします。
現在の部員は37人、マネジャーは4人。かつては「とりあえず入部」という雰囲気もあったそうですが、ベスト8以降は入部希望者が増加。卒業後に大学でも野球を続ける選手も出てきているとのことです。一方で、野球未経験者の入部もあるなど、様々な選手が集う場所となっています。
練習環境は、グラウンドを最大5つの部活で共同使用しています。最も狭い時でも内野全体は使用できるそうです。月に2、3日は全面を半日使用できる日もあり、その際は右翼方向に深く、レフトも90メートルという広さになります。都立校の中でも恵まれた環境だと言えるでしょう。
特筆すべきはノック。女子マネジャーがコーチと交互に打球を放っていました。空振りすることなく、テンポよく打つマネジャーの姿が印象的でした。西村昌弘監督によると、マネジャーがノックを打ち始めた理由は、練習への参加意欲と指導者不在の日でも効率的に練習を行うためだそうです。また「マネジャーたちが将来親になった時、子どもが少年野球を始めたら活躍できるように」という思いも込められているとのこと。安全面に配慮して、本塁方向への返球が伴う守備練習の際はノックの実施はしていません。

選手たちの中にリーダーならぬ“チーフ”を立てる方針
練習時間が限られているため、スピード感を重視しているそうです。15分のメニューなら12分で内容を行い、3分で移動するなど、時間配分にもこだわりがあります。練習中の部員たちは「楽しみながら」取り組んでいる様子が印象的でした。しかし、それはふざけているのではなく、声を掛け合い、励まし、褒め合いながら練習に取り組む姿勢のことなんです。
黒田一輝コーチは「今日は見られているからいい返球ができている」と冗談交じりに話していましたが、注目されることでさらに力を発揮する選手たちの姿がありました。2021年の夏の大会でベスト8に進出したチームは、コロナ禍を経験した世代でした。野球ができない状況だからこそ、選手たちは野球への思いを強くし、オンラインで工夫して活動するなど能動的になっていったとのこと。西村監督は「何もできない状況で、自分たちで何とかしなければと感じた選手たちの姿勢を見て、やらされるよりも自ら動くエネルギーの方が強いと感じた」と振り返ります。
現在、西村監督は「権限と責任を選手に与える」ことを重視しています。部費の使用方法を一部、部員に任せ、会社さながらの稟議書を作成させるなど、自主性を育む取り組みを行っています。実際に部員たちが提案し購入したクリケットバットは、打撃向上と新しい練習法導入のために活用されています。
また選手たちに“チーフ制”を設け、責任感を持たせています。「定期テスト対策チーフ」という役職では、成績優秀な部員がスライドを使って勉強法を共有するなど、野球以外の学校生活もサポートしているそうです。
「都立は発想力、創造力、アイデア勝負。考えることをやめたら勝てない。練習も作業になったら上手くならない。そこに思考があれば作業ではなくなる」という西村監督の言葉には、部員たちの自主性を重んじる姿勢が表れていました。自ら考え、工夫し、楽しみながら野球に取り組む狛江高校野球部の今夏の活躍が本当に楽しみです。
【筆者プロフィール】
○豊嶋 彬(とよしまあきら)1983年7月16日生まれ。フリーアナウンサー、スポーツMC。2016年から高校野球の取材活動を始め、JCOMの「夏の高校野球東西東京大会ダイジェスト」のMCを務めている。高校野球への深い造詣と柔らかな語り口を踏まえた取材・実況が評価されている。スポーツMCとしての活動のほか、テレビ番組MCなど幅広く活動中。Xのアカウントは「@toyoshimaakira」、インスタグラムは「@toyoshimaakira」。
(豊嶋彬 / Akira Toyoshima)