野球界の危機を救う 84歳“世界の王”が挑んだ新境地、指導者資格取得の真意とは 

第1回女子野球タウンサミット2025にゲスト登壇した王貞治氏【写真・編集部】
第1回女子野球タウンサミット2025にゲスト登壇した王貞治氏【写真・編集部】

女子野球タウンサミットでゲスト登壇

 野球界に一石を投じる発言だった。ソフトバンク球団会長兼特別チームアドバイザーの王貞治氏が9日、東京・両国の第一ホテルで行われた「第1回女子野球タウンサミット」にスペシャルゲストとして登壇。その席で公認野球指導者基礎資格(U-12、U-15)を取得したことを明かした。84歳の王氏の新たな挑戦から、野球界への思いが伝わってきた。

 公認野球指導者基礎資格は、全日本野球協会(BFJ)が認定する入門レベルの指導者資格。野球の基本知識や指導倫理、安全管理などをオンライン講習で学び、確認テストに合格することで取得できる。

 講習では「スポーツマンシップと指導者の倫理」「ティーチングとコーチングの違い」「体罰・暴力・ハラスメントの根絶」「リスクマネジメントと安全管理」「指導者に必要な医学的知識」「正しい投動作の指導方法」などを学ぶ。これらは現代の少年野球に必要な要素だ。

 会場のスライドでは、タブレット端末で約10時間受けたというオンライン講習の写真が紹介された。試験という試験を受けたのは約70年ぶりだった。「すごく勉強になりました。自分は(野球の知識が)十分だと思っていたが『なるほど』と思うところがあった」と感銘を受けた様子だった。プロ野球史上最多の868本塁打を誇ったレジェンドの言葉に頭が下がる思いがした。

84歳の大先輩が示した“待つのではなく動く”という姿勢

 野球界は今、深刻な危機に直面している。少子化による競技人口の減少、他のスポーツとの競合、子どもたちの興味の多様化……。「今の時代は、待っているだけではダメなのです」。王氏は野球以外の他のスポーツが積極的に情報を収集したり、新しい取り組みをしたりする例を紹介。かつて「国民的スポーツ」と呼ばれた野球の立ち位置が揺らいでいることに危機感を募らせている。今年1月には王氏は野球振興を目的とした新プロジェクト「BEYOND OH! PROJECT」を自身が中心となって立ち上げたのもそのような思いからだった。

 こうした状況を打破するには、まず大人たちの意識改革が不可欠だ。84歳になっても謙虚に学び、子どもたちのための野球を模索する。その姿は、自らの言葉通り「待つ」のではなく「動く」姿勢を鮮明に示し、変わろうとしない大人たちへの無言の警鐘でもあるのではないだろうか。

 試験というものを受験したのは約70年ぶりだったという。王氏は「ライセンス取ったぞ! みんなも取ろうよ!と声をあげようと思う。男性も女性も中身を知るということでチャレンジしてもらいたい」と呼びかけた。日本球界の頂点に君臨した世界の王が、こう素直に語る姿に、集まった関係者たちは深く感銘を受けていた。人生の大先輩が新たな学びに謙虚に向き合う姿は、どんな熱いスピーチよりも説得力があった。

 少年野球の現場ではいまだに残る古い体質の問題がある。「子どもファースト」とは程遠い指導者や保護者の姿を、残念ながら今も目にする。大人が勝ちたい、大人がやりたい野球を子どもたちに押し付け、時には汚い野次まで飛ばす。そんな光景が、グラウンドの片隅で見られることも珍しくない。それが野球離れの要因のひとつとされている。

 だが、そんな“ネガティブ”な部分に目を向けているのではなく、見据えているのは未来のことだ。「やはり、野球に関わっている人はライセンスを取ることにチャレンジしていただくこともプラスになる。新しい発見があると思う」と時代の流れとともに、学び続けることの大切さが込められていた。

 野球はチームプレーの中で個が輝く瞬間、守備位置ごとの役割の違い、打席が必ず回ってくるという平等性……。こうした要素は、子どもたちの人間形成に大きな役割を果たす。

「子どもたちの教育という点で、野球をやることによって心身ともに鍛えられると思います。野球は誰にでも打席が回ってくるスポーツです。つまり、誰もが主役になる機会があり、その時に体験することは子どもにとって大事なことだと思います」

 かつては長嶋茂雄氏(巨人終身名誉監督)、今は大谷翔平投手(ドジャース)のように、子どもたちに夢を与えるヒーローが常に存在してきた野球界。その伝統を未来につなぐために、84歳の大先輩が示した“待つのではなく動く”という姿勢こそが、今の野球界、とりわけ少年野球に関わる大人たちに最も必要なことと感じた。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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