埼玉県史上初の偉業、“伝説左腕”が振り返る高校時代 始まりは偶然の縁「人生は分からない」

2年続けて完全試合、埼玉県史上初の偉業を達成した岡崎淳二氏
第107回全国高校野球選手権の地方大会が真っ盛りだ。35年前と36年前の暑い夏、川越商(現・市立川越)の岡崎淳二投手が、2年続けて完全試合という埼玉県史上初の偉業を達成した。無安打無得点もやってのけた左腕は、偉勲を何度立てても慎ましかった。“すご腕”だった速球派に当時を振り返ってもらった。
岡崎さんは取材中、「きっかけが少し違っていたら野球はやっていなかった。完全試合も甲子園も、大学、社会人野球とも縁がなかったわけです」と何度も口にした。
大分県生まれ。中学3年に進級する春休み、愛媛県から埼玉県上福岡市(現・ふじみ野市)へ転居。部活動が義務付けられた愛媛の中学で野球を始めたが、上福岡市立1中(現・ふじみ野市立福岡中)にはそんな規則はなく入部するつもりもなかった。だが仲のいいクラスメートに誘われ、5月から全公式戦が終わる2か月間だけ活動した。
僅かな登板機会にもかかわらず、川越商で1級先輩になる大沢希捕手の父親が、上福岡1中に左の好投手がいると聞きつけた。円谷宣之監督に報告すると、校長とともに中学の顧問を訪れ入学をお願いされた。
「入部を勧めてくれた友人といい、大沢先輩のお父さんといい、こういうきっかけがなかったら今の私はありません。人生って、ちょっとしたことで何が起こるか分からないものですね」
偉大な記録を樹立した男の滔々とした語り口には重みがあった。
背番号10をつけた高校1年の秋から主戦として先発。秋は3回戦で埼玉栄に、春は準々決勝でヤクルトに入団した大型右腕・松元繁を擁する朝霞に屈した。
2年生で62イニングを投げて防御率0点台
1989年の第71回全国高校選手権埼玉大会が始まった。岡崎さんは「子どもの頃から負けず嫌いでしたし、仲の良かった3年生と離れるのが嫌だからとにかく負けたくなかった。目標はテレビに映る県営大宮球場とプロも使う西武球場で投げることでした」と回想する。県営大宮の全試合はテレビ中継され、西武球場(現・ベルーナドーム)は開会式と準決勝、決勝の舞台になっていた。
夏の埼玉大会として41年ぶり2人目の快挙は、7月18日に川越初雁球場で実現した。川本(現・寄居城北)との初戦、2回戦だった。
「相手の情報が全くなかったのでかなり警戒しましたが、捕手の大沢さんが構えたミットに直球だけを投げ込みました。痛打されなくても四死球やエラーから失点するので、走者を出さないことを心掛けていました」
5回終了時に記録を意識し始めたが、針の穴を通すほどの制球力は盤石。9回に27人目の打者を三振に仕留め、6-0で完全試合を成し遂げた。大記録を達成するとささやかなガッツポーズを3度つくった。
103球を投げて三振16、内野ゴロ5、内野飛1、内野邪飛1、外野飛4という内容。ただ本人に偉業の実感はまるでなし。「普通の高校生が部活動としてやっていただけのことですからね。初戦を突破して良かった、という感覚だけでした。その夜も自宅で友達とゲームをしていたら、球場にいなかった3人の新聞記者が取材に来たので、そんなにすごいことなのかなって」。
4、5回戦と準々決勝を全て1点差で勝ち上がり、念願の西武球場で準決勝を迎えたが、相手は優勝候補筆頭の川口工。「ここで終わりと思っていたから気負いもなく、友達に『ロジンバッグでスパイクたたくから、テレビで見てね』なんて話していたくらいです。実行? はい、しっかりたたきました」と言って大笑いした。
ところが県下随一の強力打線を抑え込み、決勝では大宮南を1安打に封じて初優勝の立役者となった。7試合に登板した2年生エースは、62イニングで失点5、自責点4、防御率0.581という飛び抜けた数字を残した。甲子園では初戦の2回戦で八幡商(滋賀)に逆転負けしたが、仲間との思い出は尽きない。
「試合についてはあまり記憶になくボウリングや銭湯に行ったり、甲子園で試合観戦したり、チームで楽しく過ごしたことが印象に残っています。埼玉大会も序列をつけると決勝と準決勝が1、2番で、完全試合は個人の記録なので3番目ですね」
岡崎さんは1年後に再び完全試合を達成したが、高校時代の追想と言えば仲間との触れ合いだったという。
◯著者プロフィール
河野正(かわの・ただし)1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部でサッカーや野球をはじめ、多くの競技を取材。運動部長、編集委員を務め、2007年からフリーランスとなり、埼玉県内を中心に活動。新聞社時代は高校野球に長く関わり、『埼玉県高校野球史』編集にも携わった。著書に『浦和レッズ・赤き勇者たちの物語』『浦和レッズ・赤き激闘の記憶』(以上河出書房新社)『山田暢久 火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ 不滅の名語録』(朝日新聞出版)など。
(河野正 / Tadashi Kawano)