決勝戦で1万人超へ冷えた飲料水配布 “前例なき”安全対策…愛知県高野連が画期的施策

阪神甲子園球場で今年も夏の選手権が行われる【写真:加治屋友輝】
阪神甲子園球場で今年も夏の選手権が行われる【写真:加治屋友輝】

配布の背景、高校野球に潜む"危機"

 愛知県高等学校野球連盟(愛知県高野連)が今夏、前例のない取り組みを行う。決勝戦当日、来場者全員に熱中症対策としてペットボトルの冷たい飲料水を配布する。準備する本数は1万本から1万5000本を想定。全国でも類を見ない、観客の安全を最優先に考えた画期的な施策といえる。

 名門がひしめく愛知の高校野球は、学校関係者、OBだけでなくファンからも愛されている。そのため、昨今の気温の上昇で観客の安全対策を講じるのも県高野連の重要な責務となっている。そして今夏、観客全員に水を配布するという発想の原点は、観客の長時間待機への危機感からだった。「熱い中での列を見ていて思いついた」と愛知県高野連・鶴田賀宣理事長は振り返る。

 従来は試合開始1時間前からチケット販売を開始していたが、長蛇の列ができる関係で試合開始2時間前、場合によっては2時間30分前から販売することもあった。炎天下で何百メートルもの列ができ、熱中症で倒れる観客が続出していた。

 そこで昨年、甲子園を参考に決勝戦の内野席を前売りチケット制に変更。開門を8時30分に早め、「席を取って、いったん場外に出て、涼しいところで過ごしてください」という形で長蛇の列を解消した。

 しかし、当日券を求める外野席では依然として列ができてしまう。「並んでいる人たちに何かしてあげることはないか」という思いから、冷たい飲料水の配布というアイディアが生まれた。前売りチケットは4000枚がネット販売、1000枚が球場販売で、2日前に完売する人気ぶりだった。

愛知県高野連理事長・鶴田賀宣氏【写真:編集部】
愛知県高野連理事長・鶴田賀宣氏【写真:編集部】

"可視化される対策"と費用 300円の値上げに込めた想い

 今回、冷たい水を観客に配布することを念頭に置き、熱中症対策の財源確保のため、今年は夏の大会の入場料を300円値上げした。春の県大会で会場に来た観客にはチラシなどで事前告知し、記者会見でも発表。その結果、クレームはほぼゼロで、むしろ今夏も「昨年より入場者数が多い」状況だ。

 値上げした分は目に見える形で還元している。選手向けには4回戦までの全試合でアイススラリーを配布し、審判員には決勝戦までの全試合で配布。また塩タブレットも配布している。各球場の本部席にはOS-1を大量に準備し、試合中に足を攣ったりその気配を感じた場合には本部からどんどん提供している。ミスト機器やスポットクーラーも設置した。審判員には白いスパイクを全員に支給するなど、細部まで配慮が行き届いている。

「値上げして熱中症対策をしてますっていうのを、お客様にも目に見えたものが必要だと思った」と鶴田理事長。総額約1000万円という大規模投資だが、「今年はお金がかかってもいいから、とにかく対策をやる」という強い決意がある。

 選手への対策効果は歴然だ。7月13日終了時点で126試合を消化し、中度の救急搬送が2件あったが、搬送者の意識はあり、念のために検査をする程度だった。5回戦以降は午後2時と4時30分開始の「サマータイム制」も導入。これは中京大学教授による4年間のWBGT(暑さ指数)測定データに基づく科学的判断だ。選手の十分な睡眠・食事確保なども考慮された総合的な施策となっている。

「WBGT数値が3から4ポイントも上昇している。これがこの先低くなるとは思えないので、先手、先手で対策を打っていく必要がある」と危機感を募らせる。今後は第1試合の選手への補食配布も視野に入れている。第1試合では起床が午前4時になるなど、集合が早朝になるため、しっかりとした朝食を取ることが難しい現実があるから。さらなる環境整備も検討している。
 
 理事長の原動力は、現場を知る指導者としての実感だ。西尾高校などで監督を務めるなど、これまでに愛知をはじめ東海地区の高校野球の発展に尽力してきた一人である。現在は母校でたまに練習に顔を出す程度だが、「監督目線でこういうものがあるといいなという感覚を大切にしている」と語る。週2〜3日、午前6時45分から45分間、選手と一緒にバッティング練習を行う中で生まれるアイディアが、愛知県高校野球を変革し続けている。

「野球人口が減ってきている中で、いいものを良い環境で見せることが大事。テレビで見ていいなと思えば、現場で見たくなる。それが観客増加、ひいては野球人口の拡大につながる」

 異常気象が常態化する中、伝統ある高校野球をいかに安全に継続していくか。愛知県高野連の先進的な取り組みは、全国の高校野球関係者にとって参考になる部分が多いのではないだろうか。今後も各地でさらなる工夫が期待される。

○鶴田賀宣(つるた よしのり)
1962年2月27日生まれ、愛知県安城市出身。1980年に愛知県立西尾高校を卒業後、1984年に日本体育大学を卒業。1986年から愛知県立半田高校で3年間監督を務めた後、1989年に母校の西尾高校に赴任し、1990年秋から15年間監督として指導。県大会ベスト8に4度進出した。その後、刈谷工業高校で3年間、知立高校で3年間監督を歴任し、2020年度に再び西尾高校に赴任。現在も同校で指導を続けている。2022年4月から愛知県高野連理事長に就任し、熱中症対策の強化など革新的な取り組みを推進している。

(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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