2度の“プロ回避”「イメージ湧かない」 水面下でオファー…大学注目右腕が選んだ新天地

三上朋也は法大2年春から投手としてキャリアを本格スタート
DeNAと巨人で通算121ホールドを挙げ、2024年からオイシックスで2年間プレーした三上朋也氏は、今季限りで現役を引退した。法大時代には大学日本代表にも選ばれるほどの選手となったが「成功のイメージが湧かない」とプロ志望届を提出することなく、社会人の「JXーENEOS(現ENEOS)」入り。県岐阜商高時代に続く2度目の“プロ回避”となった。
高校では2年時に三塁のレギュラーとして甲子園に出場するなど、通算18本塁打の大型野手としてNPB球団や複数の大学から注目された存在だったが、投手にこだわりプロ入りを希望しなかった。選択したのは唯一、投手として評価してくれた法大。しかし入学後は「ピッチャーで呼ばれて入ったけど、1年間野手でした」。新人戦でも主に野手として出場したという。
転機は1年秋のリーグ戦終了後に訪れた。チーム内に怪我人が増えたことで「そういえば三上はピッチャーやりたいって言っていたよな、みたいな感じ。あと体が細かったので」という理由から、オフは投手陣と一緒にトレーニングする方針となった。そうして迎えた2年春のリーグ戦では、上級生の怪我もあってメンバー入り。「僕の投手一本のキャリアがようやく始まりました」と笑った。
2年春のリーグ戦でチームは優勝し、全日本大学選手権も制した。投手として徐々に成長し、登板機会も増えた。チームの中心となると、4年時には日米大学野球選手権大会の大学日本代表にも選出された。しかし、代表監督が法大の金光興二監督だったこともあり「僕はバックアップ要員で入れてもらった感じです。周りはとんでもない化け物みたいのがいっぱいいるわけですよ。みんな進路はプロ一本という感じでした」。
投手陣は同学年に野村祐輔(明大)、中後悠平(近大)、藤岡貴裕(東洋大)、菅野智之(東海大)、1学年下には東浜巨(亜大)、福谷浩司(慶大)、2学年下に大瀬良大地(九州共立大)、岩貞祐太(横浜商科大)。ここに三上を含めた9人。全員がプロ入りする豪華なメンバーだった。
2年春の時点で社会人からオファー
しかし、三上は大学からのプロ入りの道を選ばなかった。NPB球団から調査書は届いており「行けたかもしれないけど、入ってもなんとなくですが、成功のイメージが湧かなかった」。大学ジャパンでレベルが桁違いの同級生らの投球を目の当たりにし「自信満々でプロに行くぞ、という感じになれなかったんですよね」と明かした。
三上の胸中はJXーENEOSに固まっていた。実は「2年生の春のリーグ戦が終わった頃にオファーをいただいていたんですよ」と明かす。「金光監督からも『こういう縁は大事にした方がいい』と言われました。プロはもちろん夢でしたけど、確たる技術の自信もなかったので社会人のチャンスがあるなら、そっちに進んで自信を持ってプロに行きたいと思い、JX-ENEOSを選んだということです」。結果的にはこの選択は“成功”する。
高校時代に続き、2度目のプロ行きのチャンスを断念。社会人で力をつける道を選択した右腕は、その後プロの世界で大きく飛躍することになる。
(湯浅大 / Dai Yuasa)