母親と突然の“別れ”…告別式当日に向かった球場 感じた見えない力、忘れぬ転機の1日

西武やヤクルトでプレー、2026年は楽天でコーチを務める小野寺力氏
西武、ヤクルトで10年間プレーし通算310試合登板。引退後は両球団でコーチなどを務めた小野寺力氏は、2026年シーズンから楽天の投手コーチに就任した。小野寺氏の野球人生に大きな影響を与えたのは、巨人でもプレーした6歳上の兄と常磐大4年時に天国へと旅立った母の存在だった。
小野寺氏が鴻巣高(埼玉)の3年だった1998年のドラフト会議で、NTT東北に所属していた兄の「進藤実」が7位指名で巨人に入団した。名字が違うのはともに一人っ子だった両親の姓をそれぞれ残すため、養子縁組を行い兄が母方の進藤、小野寺氏が父方の姓を継いだ。「昔ながらの考えで、家柄を残したいというのがあったみたいです」。
兄と同じ高校、大学でプレーし、常に背中を追いかけた。「兄貴がドラフトで声がかかったので、俺も行けるって。高校のときは自分の方がいい成績を残していたので、軽く考えちゃっていましたね」。プロを強く意識し始めたのはこのタイミングだった。
常磐大2年までは右肩の亜脱臼や制球難で芽が出なかったが、3年からサイドスローに転向してから一気にチームの主戦投手となった。迎えた4年にプロ入りへの大きな転機を迎えた。肺がんを患っていた母の死だった。
高校3年の最後の夏の大会にも闘病中ながら小野寺氏の勇姿を見届けようと応援に駆けつけたという。「呼吸することも苦しいのに見に来てくれて……だから頑張らなきゃいけないというのはずっと思っていました」。
春のリーグ戦2、3日前に母は息を引き取った。試合前日が通夜で、当日は告別式と重なった。仲間たちは「試合に来なくてよい」と気遣ったが「母は僕の試合を楽しみにしてくれていたんです。そこを目標に頑張ってくれていたから、試合で投げようと思いました」。小野寺氏は早朝に母とお別れし、試合会場へ向かった。
告別式当日の試合…課題の立ち上がりも「すごく良かった」
告別式とほぼ同時刻に始まった試合で、小野寺氏は7回コールドの完封勝利を遂げた。「いつも立ち上がりが悪いのに全然違った。すごくいいんです。色々あって練習もほとんどできていなかったのに……」。この試合に西武のスカウトが集結していたのだという。その後もノーヒットノーランを達成するなど、好投の連続で自身の評価を高めていった。「自分だけの力ではなかった。見えない力が背中を押してくれました」。
結果として2002年ドラフト4位で西武への入団が実現した。巨人に入った兄は右肩の腱板断裂で手術を受けるなど、1軍での登板機会がないまま3年間で戦力外に。兄弟同時プロは実現しなかったが、天国の母にプロ入りを報告することができた。
「本当に不思議なシーズンだったと思います。母には遅れたプレゼントになったのかなとは思いました。ちょっとしたことでは心が折れない自分の野球人生での原点になりました」。家族の思いを背負い、小野寺力はプロのユニホームに袖を通した。
(湯浅大 / Dai Yuasa)