田澤純一、BC埼玉に6年ぶり復帰 40歳目前も…独立Lで現役続行「野球以外でも貢献」

昨季限りでENEOSを退団…「このままでは終われない」と現役の道を模索
独立リーグ・ルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズは17日、昨季限りでENEOSを退団した田澤純一投手との契約を発表した。背番号は「36」。今年で40歳を迎えるベテラン右腕は戦力としてはもちろん、コーチ補佐として様々な形でのチーム運営のサポート役を期待されている。再び手に汗握る真剣勝負に臨む機会を手にし、田澤は「まずはヒートベアーズに感謝しなければいけない」と今季に向けての想いを明かした。
6年ぶりの再加入となった。レッドソックスなど米球界で11年を過ごした後、2020年に日本復帰の場として選んだのが埼玉武蔵。1年でチームを離れたが、その後、台湾、メキシコ、ENEOSを経て、再び縁が繋がった。
「昨年、山崎(寿樹)オーナーにENEOS退団の報告をしたところ、次にユニホームを着るところがヒートベアーズだったら嬉しい、と仰っていただき、今回の契約に至りました。前回も山崎オーナーと角(晃多)球団社長にはすごくお世話になって。結果的にはドラフト指名されず、NPBには入れませんでしたが、大きな協力をしていただいた。またお誘いいただき、正直とても嬉しかったです」
ENEOSでの3年は怪我に泣かされ、納得のいくパフォーマンスができなかった。「このままでは終われない」という気持ちにウソはつきたくないと、茨城・つくば市に開設された室内練習施設「Invictus athlete Performance Center」で昨年11月からトレーニングを継続。ブルペンでの投球練習も行うなど実戦マウンドで勝負する準備を積んだ。この間、清田育宏監督にも挨拶をし、2月に入って契約書にサイン。新たな一歩を踏み出すことになった。
まだまだ戦力としてチームに貢献できる自信はある。同時に、スポンサーとの交流や地域貢献活動などチーム運営に欠かせない活動にも積極的に関わりたいと話す。「今まで野球しかしてこなかった。いち社会人として知らないことや分からないことも多いので、一緒に活動しながら色々と勉強させてもらいたいと伝えました」。貴重な機会は最大限に生かすつもりだ。
埼玉武蔵の選手にとっても、またとない機会になるはずだ。社会人野球からMLBに渡り、レッドソックス傘下マイナーから這い上がって2013年にはワールドシリーズ制覇に貢献。世界一を知る一方で、戦力外やマイナー降格など厳しさも味わった。唯一無二のキャリアを歩んできた右腕の存在は生きた教材とも言える。「質問にはしっかり答えていきたいですし、日々の準備や過ごし方に対する取り組みとか見てもらいたいと思います」と話し、重ねた経験を伝える準備はできている。
気が付けば、今年で40歳。横浜商大高の時には「野球を続ける資格はない」と言われ、社会人時代には「野球を諦めて社業に就いた方がいい」と勧められたこともある。「まだ野球を続けられているのは、周りのサポートがあってこそ。おかげで、昔の自分が思い描いていたより、いい野球人生を送れているぞと思います」と笑顔を浮かべながら、言葉を続ける。
「僕は決して野球エリートの道を歩んではこなかった。ヒートベアーズにはNPB入りを目指す若い選手の多いので『やっぱり未来は(何があるか)分からないぞ』と伝えていきたいですね」
同じ1986年生まれでは、カブスでチームメートだったダルビッシュ有投手(パドレス)や、高校時代に神奈川県で競い合った涌井秀章投手(中日)らが現役を続けている。「あの2人は高校の時から雲の上の存在。ここまで野球ができるのは全然不思議な話じゃないですよ」と笑いながらも、「あの2人がいてくれると僕にとっては励みになる」という。ダルビッシュは右肘手術の影響で今季全休が決まっているが、「僕も手術を経験してリハビリの大変さが分かるだけに軽々しくは言えませんが、いち野球ファンとして、まだ頑張ってほしいという想いはあります」とエールを送る。
今後は3月にチームに合流し、オープン戦で実戦感覚を磨いて、シーズン開幕を迎える予定だ。山あり谷ありの野球人生。まだまだしぶとく生き抜いてみせる。
(佐藤直子 / Naoko Sato)