県大会で0-82の歴史的大敗から3年 独立Lでは未体験の“屈辱”…それでも諦めぬNPB

香川オリーブガイナーズ・黒川朝元(左)【写真:喜岡桜】
香川オリーブガイナーズ・黒川朝元(左)【写真:喜岡桜】

香川OG・黒川朝元投手 高校時代に“0-82”の歴史的大敗は「分岐点」

 何事も投げ出さない“鋼のハート”の裏に、追い続けてきたライバルの存在があった。千葉・わせがくから2025年に四国IL・香川オリーブガイナーズへ入団し、高卒2年目の飛躍に燃える右腕・黒川朝元(あさひ)投手には、忘れられない一戦がある。2022年7月11日、千葉学芸に0-82で大敗した「第104回全国高校野球選手権千葉大会」の初戦(茂原市・長生の森野球場)だ。あれから3年。独立リーグ1年目の2025年は、思うようにいかないことばかりだった。あの大敗と比べても「高校のときより悔しい」と唇を噛んだ。

 幼い頃から、2022年にロッテへ入団した2歳上の兄・凱星(かいせい)に対する競争意識が強く、兄の影響ではじめた野球は、グラウンドだけでなくゲームでも張り合った。そんな日々が小学5年生のときに一変した。黒川が国指定の難病「潰瘍性大腸炎」を発症したのだ。全身麻酔による検査、投薬治療などによる10代の心身への負担は大きく、一時は、学校へ通えなくなるほどだった。それでも兄を追いかけ、野球を続けた。

 そんな右腕には、当時から変わらない夢がある。プロ野球選手になることだ。通信制のわせがくに入学したのも、「生徒の意思を尊重してくれる校風を気に入って、プロになるために」。まだ1年生だった2022年夏、千葉学芸戦に先発すると、猛攻を浴びて11失点(1/3イニング)。その後、チームはコールドによるゲームセットを迎える5回まで戦い、0-82の惨敗。県の記録を塗り替える歴史的大敗を喫したのだった。

「チームとしては『100点取られないように頑張ろっか』と話していたので、みんな結果に満足しているようでした。通学中に声をかけられたり、いいこともあったようです。でも僕は、負けるなんて考えず、友達がいる千葉学芸を、任されたイニングはしっかり抑えるつもりでいたんです。試合が終わるまでずっと無我夢中で、試合後にはすごく大きい悔しさが残りました。強豪と当たりたいと思っていたのに、自分、なにもできないのかって」

 自らの無力さが“ガソリン”になり、負けん気が燃え上がった。家族に頼んで自宅に練習スペースをつくり、平日は個人トレーニングで汗を流した。ウエイトトレーニングも取り入れ、週末の全体練習にも参加した。すると、3年夏までに球速が15キロ伸び、140キロを投げられるように。あの敗戦は自信を得るための「分岐点だった」と頷いた。

雪辱を糧に成長し独立リーグへ、大敗から3年…再び「なにもできなかった」

 そんな黒川は現在、またも「なにもできなかった」とうなだれているのである。香川オリーブガイナーズでの1年目、2025年のシーズン公式戦での登板数は「0」だった。

「高校でいいことはなかったけど、投げられてはいたので、その分楽しかったんです。野球をやってきて、こんなに試合に絡めないことは初めてで」と語り、反省ばかりが口を突く。闘病しながら、18歳での初めての1人暮らしに苦戦し、身長178センチ、体重79キロのバランスがとれた体は、入団後に一時、痩せてしまった。チームは6期連続のリーグ最下位。投げずに負けることは、投げて負けるより悔しかった。

 だが黒川は諦めない。入団3年目にはNPBへ飛び立つと決めている。それまでは、途中棄権しなかったあの試合のように食らいつく。2026年からBCリーグ・千葉スカイセイラーズに所属する兄からは、負けず嫌いな弟の成長を“あおる”ためか、「今日バッティングいいんだけど」というメッセージが添えられたスイング動画がよく届く。黒川は「そういう思いがあるんですかね。分かんないですけど」と、兄を袖にした。ライバルはまだ目の前を走り続けている。そんな話になると、意気消沈していた右腕の目に光が戻っていた。

(喜岡桜 / Sakura Kioka)

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