T-岡田氏が掲げたタオル「ほんまに嬉しかった」 坂口氏が伝える“10年越しの感謝”…明かした退団の裏側

T-岡田氏と坂口氏はなぜ仲良くなった?「最初この人怖いと思ってたから…」

 オリックスでプレーした坂口智隆氏とT-岡田氏の対談企画(全3回)。第2回は2人の出会い、歴代監督の思い出、坂口氏の退団秘話に迫る。

坂口氏とT-岡田氏の出会い、2人が仲良くなったきっかけは?

T-岡田氏

僕、最初この人怖いと思ってたから近寄ってなかった。雰囲気というか姿が怖い(笑)。

坂口氏

おいおい!でも、まだあの時はサーパスやんな俺ら。サーパス神戸(オリックス2軍)。ちょこちょこ1軍にいてたけど、まだ2軍でがっつりの時やもん。

T-岡田氏

新人で寮に入る時、1人1人、挨拶に行くんですけど。部屋あけた瞬間に汚いなぁと思って。散らかってた。なんやこれって。こんなプロ野球選手いるんやって(笑)。

坂口氏

昔はそんなもんよ。もうほんまに、野武士みたいな人ばっかり。典型的なの昔の人が多かったんじゃない? まだ、そのサーパス時代なんかは。

T-岡田氏

仲良くなったのは僕が1軍上がってからですね。上がって試合に出だして。やっぱり歳も近い方だったんで。それこそ大引さん(啓次、現西武2軍コーチ)もいましたしね。それこそゴンゾー(横山徹也・現楽天ブルペン捕手)もいたし、なんかその辺でね。

坂口氏

でも、やっと友達が来たって思った。そん時はまだ若い方やから。ヨネさん(米村理コーチ)しか喋る人おらんかった。だってタフィー(ローズ)とかの時代でしょ。レギュラー取った年が。大村(直之)さん、(谷)佳知さん、村松(有人)さんとか。外野ノック受けてても、やっぱちょっと個性が強いというか、レジェンドクラスがいる。

だから、Tが来た時は友達が来たって感じ。よかったぁってなったもん。1軍の空気は違うし。緊張感がすごい。ピリピリしてるような感じゃないの。ロッカー行ってもなんか居心地悪いもんな。もう居場所がないから。座っとられへんから、それでTと飯いったんよな。そっからじゃない、敬語がなくなったの?

T-岡田氏

もうちょい、もうちょいしてからですよ(笑)。迎(祐一郎)さんの3つ上までは友達やっていう教えがあったから。グッさん(坂口氏)は3つ上やったから、ちょうど3つ上でセーフらしい。友達やって。グッさんの年代はおもしろい人が多かったすね。

坂口氏

気を遣わない、自由な選手が多かったからなぁ。

高卒野手として期待された2人は、2軍時代に今では考えられないような厳しい練習を課され、乗り越えてきた。

坂口氏

Tとの思い出はもう、正田(耕三)コーチとの練習しかないよ。マジで。休みがなかったんよ。1軍でも。移動日の月曜日も、ほっともっと神戸で打ってから移動。Tがホームラン王の年も、俺が3割打った年もやってるし。ベテランの北川さん(博敏・現阪神2軍打撃コーチ)でもやってたんやで。月に1回休みあると思ったら、ほんまに移動日にぶち当てられる。Tと俺はずっと、ニコイチでやらされてる。

T-岡田氏

もう今じゃ絶対ないけど、強制ですよね。

坂口氏

マジで強制。もうマジの強制。春季キャンプ中も18時半にホテルに帰ってきて、19時出発とか。朝からやってるのに夜も練習。周りは真っ暗になって個別練習まで終わって帰ってくるねん。で、ホテル着くやん。ランドリーの時間があるからブワーって着替えて。そこから、お皿にラップされてる軽食をパッて食うか、シャワー浴びる人は浴びるか。で、また車に乗って球場に戻る。

もうシャワー浴びる意味ない。でも気持ちだけでも1回リセットみたいな。で、帰ってきたらケータリングの冷めたご飯を俺らがブーブー言いながら食べる。なんなんこれ、ホテルに帰らんでええやんとか言いながら食べる。ホテルであったかいご飯はほぼ食べたことない。

T-岡田氏

うん…。ほんまになかったすね。

坂口氏

休みの日は油断して休むやん。ブチギレられんねん。

T-岡田氏

僕らにオフなんか無かった。

坂口氏

ホワイトボードに書かれているオフは罠やから。絶対、素振りとかせな。どっかでコーチが見てるから。

T-岡田氏

大引さんもめちゃくちゃ、やらされてましたよね。近い距離からバンバン投げられてたし(笑)。

坂口氏

打ってみろ!コラ!って言われながらね(笑)。Tもそうやけど、あの時代を乗り切った戦友やね。でも、あの練習があったから現役で20年もできたと思う。

T-岡田氏

ほんと、あの練習は大事でしたよ。でも、やらされる練習はすごい大事だと思う。自分だけじゃあそこまで追い込めない。

坂口氏

自分でやる練習で勝とうと思ったら、ソフトバンクの柳田悠岐や近藤健介らに勝たないといけない。そうとう練習をやっている選手たちに。今なら球団が止めるんじゃないかな。

T-岡田氏

でも、あの選手たちも最初はやらされている。それが土台になる。その土台って大切。長く現役をやりたいならね。

坂口氏

当時は愚痴しか出てないけど。でも、みんな、負けず嫌いやから。絶対、負けへん。弱音吐いたらコーチに負けたってなるのが嫌。そこの根性論はすごい大事やったと思う、今思ったら。こんなん、今なら賛否両論の“否”しかないけどね(笑)。

T-岡田氏

今は笑い話になるけど。当時はそんな余裕はないですよね。だって、遠征先からの移動ゲーム、京セラで早出あるんですよ(笑)。チーム便じゃなくて1人で移動して。

坂口氏

お互い140試合以上出てる1軍のバリバリレギュラーがバットさして飛行機、新幹線に乗るねんで。そんなことある?地方やったら無理やり室内を押さえて。今日はないやろ、って思ってたら野手はあるから。

その練習で、コーチもめんどくさかったんやろな。いっかいホームラン1本打ったら終わりみたいなのがあった。なんできたん? ほっと神戸に。Tなんか一発で終われる。選手の一人が放り込んで、まだ打とうとしたら『終わり言うてるやろ!』ってキレられて。そんな理不尽に耐える忍耐よ。それが最高の思い出やし、酒のつまみやわ。

坂口氏が忘れぬ岡田彰布監督の“強制指令”「おーん、行かすから」

地獄の練習話は永遠に続く……。話は変わり、オリックス現役時代の監督について思い出を聞いた。

T-岡田氏

やっぱ僕は岡田(彰布)さんっすね。森脇(浩司)さんにも色々と教えてもらいました。岡田さんが来てなかったらT-岡田は生まれてなかったかもしれないし。でも、岡田さんとはほとんど喋ったことない。(自分のことを)記者の方から聞くか、新聞で知るか。ほとんど喋んなかったっすね。みたのは、北川さんと喋ってるのぐらい。

坂口氏

俺も最初に『1番で使うから。もう好きに調整しろ』って言われて。でも、不調でチームが連敗したら違った。新聞を見たらむちゃくちゃ(俺に)キレてるやんみたいな(笑)。でも、監督とは一定の距離は絶対あったほうがいいと思う。簡単に喋られたらあかんよね。だから、ヘッドコーチがいるし。監督は一線を引いているほうがいいのかな。声掛けとかはいいけど。

選手から「監督!」とかじゃないほうがいい。俺は大石(大二郎)さんに使ってもらってた時はいい意味でドライやったよ。『今日打てなかったらファームね』って試合前に言ってくれる。分かりやすくてよかったよ。岡田さんでレギュラーになって、最多安打も獲れた。フルイニングも岡田さん。

覚えているのが、ダルビッシュの150キロの直球が膝に当たった時かな。これは無理かもって思い、トレーナーに状態を言おうとすると、先に岡田さんが『おーん、行かすから。5分待ったってよ。おん。いけるよ。審判に言うといたから』って。もう、はい!って言うしかない(笑)。あ、俺行くんやって。5分で治せって意味合い。それでフルイニング出たから。ありがたかったよ。

現役時代を振り返る坂口氏(左)とT-岡田氏【写真:加治屋友輝】現役時代を振り返る坂口氏(左)とT-岡田氏【写真:加治屋友輝】

T-岡田氏は2010年にノーステップ打法で33本塁打を放ち本塁打王を獲得。肉離れを発症しながら代打で満塁ホームラン打つなど大活躍。

T-岡田氏

4月か5月ですね。それこそ早出練習で。ビジターのブルペンで打ってたら、珍しく岡田さんがきて、1回ノーステップで打ってみろと言われて。『それでええやん。それでやっとけ』って言われて出ていかれた。でも、練習だけなのか、試合もノーステップでいくのかどっちか分からなくて。

坂口氏

罠や罠や(笑)。

T-岡田氏

だから正田コーチに、これは試合でも打てってことですか?って聞いて。打てと言われたので。そこからヒットは出たんですが、長打はなかった。だから、その時はホームランは打てないと思ってやっていた。でも、本当にたくさん練習して何となく飛ばせる感覚を掴めた。そこからポンポン、ホームランがでるようになった。

代打の満塁ホームランも、あの時はCSがかかってたんですよね。代打ぐらいならいけるなかと。次の日に打ってみて、打つだけならいけるって感じで1軍に残った。本当に全く走れなかったんですけど。今なら登録抹消になってるぐらいのケガかも。

翌年の2011年は16本塁打に減少。岡田監督からシーズン終盤には「お仕置きの4番」とも言われていた。

T-岡田氏

僕もそれ、直接言われてないんですよ(笑)。なんやろ。球団的にはタイトル獲った翌年も4番でやらしたい方針だったらしくて。でも、岡田さんはまだ早い、無理って。たぶん、僕へのお仕置きじゃなくて、球団への言い分と言うか、メディアを通じてまだ早いって伝えたんじゃないですかね。聞いた話ですけど。だから、次の年に李大浩がきたんですよね。

突然知らされた坂口氏の移籍、T-岡田氏が掲げた「タオル」

2015年のシーズン中には坂口氏がチームを退団することが発表された。最終戦ではT-岡田氏がファンに向けて坂口氏のタオルを掲げるシーンも。

坂口氏

あれほんまに…。もっとデカいタオルなかったん?小さい小さい(笑)

T-岡田氏

いやぁ、ほんとに。ユニホームとか探したんですけどなくて。タオルしかなかったんですよ。

退団する坂口氏のタオルを掲げる現役時代のT-岡田氏【写真提供:産経新聞社】退団する坂口氏のタオルを掲げる現役時代のT-岡田氏【写真提供:産経新聞社】
坂口氏

だって、ユニホームとか全部、神戸の寮に置いてきたし。でも、あれ球団に怒られなかったの?やめとけってとか。

T-岡田氏

怒られはしなかった。最終戦で、いろいろ僕の中でモヤモヤしたものがあったんでしょうね(笑)。やっぱりまだ一緒にやりたいっていうのもあったから。グッさんにも届いてほしいなと思って。ファンの人たちに見てもらいたかった。一つだけの理由じゃなかった。退団するって知ったのも報道があってからですから。そのあとに電話して、辞めるって聞いて…。

坂口氏

退団するってなってから球場に行ってないから。俺はもうオフに突入したから。でも、本当にあのタオルは嬉しかった。挨拶できなかったし。会わせてくれなかったから。当時はSNSとかも今みたいになくて。誰かにTがタオル掲げてるって聞いて、写真をみせてもらった。あの時はTに申し訳ないなって思ってたんよ。でも、タオルのおかげで、みんなに見送られたから。そりゃ、本音を言えば球場に行って、みんなに挨拶したかったよ。

その後、坂口氏は2016年からヤクルトに移籍し復活を果たす。

T-岡田氏

リハビリとかもあって、苦労してたのも見たり聞いたりしてたから。もう、シンプルに神宮で会いたいなって気持ちでした。また1軍で会いたいなっていうのはすごいありましたね。ちょうど交流戦で会えたんですけど、両方ベンチだったような。グラウンドちゃうんかいって(笑)。でも、やっぱり嬉しかったですね。

坂口氏

あの頃は嘉男(糸井)さんもFAでおらんくなったしな(実際には2017年)。阪神に行ったし。だからTの友達が一気におらんくなった。ほんまに誰もいなくなったね。あっという間にババババって。で、入ってきたんが吉田正尚くんとかね。血の入れ替えが始まったんや(笑)。

2021年はオリックスとヤクルトが日本シリーズで対戦。最高峰の舞台で2人は戦った。

T-岡田氏

いやぁ、想像もつかなかったですよね。オリックスもヤクルトも前年、最下位でしたからね。でも、いい経験をさせてもらいました。あの時期に、ほっと神戸で試合やって、めちゃくちゃ寒かった。凍えるぐらいの気温やったですよね。

坂口氏

めちゃくちゃ寒い。あそこは山やから。神戸でもちょっと違うねん(笑)。息、白くなってたもんな。あれは野球できる気温ちゃうで、ほんまに(笑)。もう、俺が知ってるチームメートは少なくなっていたから。それこそ、Tがいて安達、平野さん、比嘉(幹貴)さん、山田(修義)、小田(裕也)、西野(真弘)、宗(佑磨)、若月(健矢)とかね。

先発投手は、ほぼ知らない。山本(由伸)くん、宮城(大弥)くんも被ってないからね。シンプルにオリックス、強くなったなぁって。すげぇって思ってたよ。思い出深いね。

第3回へ続く。

(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)

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