ドラフトの陰の主役 感動を呼んだ広島スカウトの半生とは
「絶対に当たると信じて臨みました」
2013年のドラフト会議は、何ともいえない清々しさを持って幕を閉じた。九州共立大の大瀬良大地投手(22)を引き当てた広島・田村恵(けい)スカウト(37)の力強い拳と震えた声が、ファンの感動を呼んだ。ネット上には「ありがとう、田村スカウト」「スカウトと選手の絆がいい」「感動した」「(田村スカウトが)感極まる姿を見て、もらい泣きしました」などの言葉が次々と書き込まれた。今年も数多くのルーキーたちが脚光を浴びたドラフト会議において、田村氏は陰の主役と言えるかもしれない。
広島は指名で重複した場合、担当スカウトがクジを引くことを決めていた。1巡目指名の大瀬良がヤクルト、阪神と競合すると、広島は球団史上初めて、九州担当の田村スカウトが壇上に上がった。対するヤクルトは小川淳司監督(56)、阪神は和田豊監督(51)が運命の瞬間に立ち会う。一人のスカウトが迫力のある両監督に挟まれる光景は異様だった。
その中で見事、交渉権獲得の判が押された紙を引き当てたのが、37歳のスカウト。声が震えた。
「ありがとうございます。本当にうれしいです。やっぱり、自分が一番、見続けてきたので、絶対に当たると信じて、臨みました」
インタビュアーから「どんな選手に育ってほしいか」と問われると、「えっ…、頭真っ白で、何も答えられません」と思考すらままならない様子。最後に「野村監督のもとで一生懸命がんばって素晴らしい投手になってくれると思います」と絞り出すのが精一杯だった。その目はかすかに潤んでいた。
そこまで感情が高ぶるのも無理はない。田村スカウトと大瀬良はこの瞬間まで約5年もの間、お互いを意識してきたのだ。