元阪神バッキー氏が死去 64年外国人初の沢村賞、球団外国人最多の通算100勝
13日に現役引退を表明したメッセンジャーが98勝で、あと2勝に迫っていた
阪神で外国人初の沢村賞を受賞するなど、通算100勝を挙げたジーン・バッキー氏が14日、82歳で死去した。名誉会長を務めていた日本プロ野球外国人OB選手会がツイッターで発表した。
1962年、エンゼルス傘下3Aから阪神にテスト入団。1964年に29勝9敗、防御率1.89の成績で最多勝、最優秀防御率、外国人投手初の沢村賞を受賞し、リーグ優勝に貢献した。1965年6月28日の巨人戦(甲子園)ではノーヒットノーランも達成した。
1968年まで5年連続で2桁勝利を挙げ、通算100勝を達成。しかし、1968年9月18日の巨人戦(甲子園)の乱闘騒ぎで右手親指を骨折。この怪我がきっかけで力を落とし、1969年には近鉄に移籍するもこの年限りで引退した。引退後も度々来日し、2018年11月には、発足したばかりの日本プロ野球外国人OB選手会の名誉会長に就任していた。
NPB通算100勝は外国人投手歴代3位タイで、阪神では歴代1位。ランディ・メッセンジャー投手が98勝とあと2勝まで迫っていたが13日に現役引退を表明していた。
(Full-Count編集部)