「マシンガン打線」の生みの親が社会人野球で再出発 43年目のユニフォームに込める思い

筒香は俺が辞めたからがんばり始めたのかな

 だが、高木は最終的に選手の気持ちを尊重するのだろうと想像している。というのも、自分自身が父親に背中を押されたからだ。

「私くらいになると親の気持ちになりますからね。指導しているコーチは息子。選手は半分、孫のようなものかな。それは年齢を重ねて初めて分かることです。だから、どうしても挑戦したい選手は快く送り出しますよ。選手自身が志を持って挑戦するのなら、それはそれでいいと思っています」

 そのために、高木自身も自分のできることは何でもやるつもりだ。今年の3月で65歳を迎えたにも関わらず、週4日ほどのペースで単身、寮に泊まり込み、選手たちと寝食を共にしている。そうやって親身になって接していれば、プロ野球の世界で培った42年分の知識や経験は、選手たちにも少しずつ浸透していくだろう。

 当然ながら、古巣・横浜DeNAの動向も気になる。試合をすべて録画して、元教え子たちのプレーを欠かさずチェックするのも日課だ。特に自身が在籍中にその才能を開花させることができなかった筒香嘉智は気にかけおり、活躍し始めている姿を見て、「今年はがんばっていますよね。俺が辞めたからがんばり始めたのかな」と目を細める。

 だが、自分が全身全霊を傾ける先はもはや、その古巣ではない。まずはこの1年、社会人野球に全力を投じる覚悟だ。

 JR東日本のチームに合流してユニフォームが配られたとき、「身も心もJRです。がんばるぞ!」とあいさつすると、選手やスタッフは温かい拍手で迎え入れてくれた。緑色を基調としたデザインは新鮮だが、野球の現場に立ち続けることに変わりはない。ユニフォームを着続けて43年目。その目に再び闘志が宿り始めた。

【了】

フルカウント編集部●文 text by Full-Count

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