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憧れの甲子園ロッカーで流した涙 元ドラ1が人的補償経て辿り着いた10年目

人的補償で白羽の矢、当時感じた“数奇な運命”

 高知でのオープン戦で結果を出すと再び、注目を集める存在になっていた。1軍メンバーの一人として、1軍本隊と共に帰阪。休みを挟み、甲子園球場に足を運んだ。夢にまで見た1軍ロッカーだった。憧れの場所で初めて自分の名前が貼られた場所が用意されていた。怪我の連続で遠回りをしたが、ようやくこの舞台に立った。嬉しさがこみ上げてきた。

「1軍に上がるのは初めてだった。うわー、自分のロッカーがあると感動しました」

 午前にロッカーに集合をして午後は西宮市内の神社に必勝祈願のために移動。それがその日の予定だった。新しいスタートに喜び、感情が高ぶっていた高濱に予期せぬ事態が起きたのは、その直後のことだった。

 マネージャーに呼ばれた。「球団事務所に行ってくれ」。最初は事の重大さがよく分からなかった。なにかの事務手続きでもあるのかと思っていた。しかし、マネージャーの表情から、ただならぬ事が起きていることを感じ取った。

「必勝祈願には行かなくていいから、事務所に行ってくれ」

 その一言で頭が真っ白になった。そして事の重さを理解した。

「それは初めて1軍に上がって、初めて甲子園のロッカーに自分の場所ができた日でした。うれしくて、うれしくて。そんな日にチームと別れの日が来るとは夢にも思わなかった。こんなことがあるのかと……。気持ちの整理がつかなかったのがあの時の正直な気持ちです」

 もちろん、チーム内でも2月にマリーンズからFA移籍をしてきた小林宏之投手の人的補償は誰かという噂で持ち切りだった。一部報道で高濱の名前が挙がったこともあった。しかし、先輩選手から「先に報道で名前が出ると大体、ないよ」と言われて安心をしていた部分があった。なによりも、3年間、怪我をして1軍に一度も出ていない選手が選ばれるとは思えなかった。ふと数奇な運命を感じた。紅白戦やオープン戦で必死に結果を出し世間で注目されたことで、結果的にマリーンズの目に留まることになったのではないかと思った。もしFA移籍が決まるのが2月よりはるかに前でキャンプインする前に人的補償選手が決まっていれば、自分が選ばれることがなかったのではないかとすら考えた。

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