現役の終着点は「わからない」 栄冠と挫折を味わった井川慶が求めるモノ

周囲からは「失敗したら大変」の声も「気にならなかった」

 いたって順調に見えた阪神時代。そこからアメリカ挑戦を機に、井川の時計の針が一気に動き始めた。06年に60億円とも言われるポスティング金額で松坂大輔はレッドソックス入団。ライバル・ヤンキースも負けまいと井川に大金を注ぎ込んだ。しかし結果は大きく異なり、井川のメジャー通算成績は2勝に終わった。

「金額とか、そういうのはまったく関係ない。あくまで投げるのが僕の役目。ニューヨークへ行くことに関しても、『失敗したら大変だ。メディアやファンに何を言われるかわからない』と言われていたけど、気にならなかったですね」

「英語がわからないから、何を言われているかもわからないしね(笑)。それに阪神時代には、本当にいろいろ書かれたりした。言葉がわかる分、耳には入って来たけど、気にならないタイプなので」

 先発でスタートするも調子が上がらずリリーフでの登板も。また、1年目途中からマイナー暮らしも経験。マンハッタンのど真ん中にある自宅マンションから毎日、2時間以上をかけて隣州ペンシルバニアのスクラントンまで「車通勤」した。

「まあ、通っていたのは家族がマンハッタンにいたからです。もちろんナイターの翌日デイゲームの時などは球場近くのホテルに泊まりました。でも道路も一本道で通いやすかった」

「また、この道がスゴいんですよ(笑)。一本道だから誰もが運転を飛ばすので、至る所で事故を起こしている。煙が上がっている横を何度も通過しました。それに野生のシカなどがしょっちゅう敷かれていましたね」

 今も自宅からブルーサンダーズの練習場や球場までハンドルを握っている。

「ここは山もあって何となくスクラントンと似ている感じがする。当時も2時間以上かけて通っていたので、車で来るのには違和感はまったくないですね。ノンビリとドライブしていますよ(笑)」

「結果うんぬんではない」―、今も心に秘める悔い

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