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強豪を“攻め倒した”花咲徳栄、悲願の甲子園初Vへ歴代監督がつないだバトン

第99回全国高校野球選手権決勝で花咲徳栄が広陵(広島)に14-4で圧勝し、埼玉県勢として悲願の初優勝を遂げた。春の選抜大会では1968年に大宮工、2013年に浦和学院が頂点に立っているが、高野連加盟校数で全国トップ5を争う埼玉は夏の大会に縁遠かった。

歴代監督が秘めた思い、「何もないところから一歩ずつ…」

 花咲徳栄はスポーツ万能高校の埼玉栄の姉妹校で、1982年創設。野球部は開校とともに立ち上がり、埼玉栄のコーチだった浜本光治監督が同年に赴任し、8年間指導した。広島県呉市出身の浜本監督は、原爆が投下されてから11年後に生まれた。幼少期には痛ましい戦禍が街のあちこちに広がっていたが、大人たちが復興に向けてしゃにむに働く様子を間近で見てきた。

「何もないところから一歩ずつ築き上げることが好きなんですよ」。私が地元新聞社でアマチュア野球を担当していた往時、浜本さんが指揮を執る花咲徳栄をよく取材した。弱小だったが、指揮官のたぎる闘志、チームを強くしようという心意気は打たれても、打たれても鍛えたいと決めた投手を一向に降板させようとしない姿勢に見て取れた。

 浜本さんは89年3月で退任し、代わって稲垣人司監督がやって来た。

 創部間もない創価(東京)を強化し、近鉄入りした小野和義を擁して83年夏の甲子園に初出場。現日本ハム監督の栗山英樹も教え子だ。臨時コーチを任された福岡第一では、ロッテなどで活躍した前田幸長を育て、88年夏の大会で準優勝に導く。

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