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強豪を“攻め倒した”花咲徳栄、悲願の甲子園初Vへ歴代監督がつないだバトン

第99回全国高校野球選手権決勝で花咲徳栄が広陵(広島)に14-4で圧勝し、埼玉県勢として悲願の初優勝を遂げた。春の選抜大会では1968年に大宮工、2013年に浦和学院が頂点に立っているが、高野連加盟校数で全国トップ5を争う埼玉は夏の大会に縁遠かった。

急逝した稲垣監督の後をついだ岩井監督

 埼玉・川口幸並中学出身の岩井監督は、中学3年のとき、強豪になりつつあった大宮東の練習会に参加したが、「相手にされませんでした」と振り返ったことがある。ところが桐光学園(神奈川)の見学会では指揮を執っていた稲垣監督から「いろんな特長を持った選手が野球には必要」と説かれ、生涯の師と決めた。稲垣監督と中学3年の岩井少年は、このときから不思議な縁で結ばれることになる。

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 岩井監督がコーチとして花咲徳栄で奉職していた2000年10月、稲垣監督が練習試合中に倒れて死去。監督に就任した01年夏に初の甲子園出場を遂げるものの、大舞台では思ったように勝てなかった。特に夏は昨年まで4大会中、3大会は優勝校に敗れる悲運。西東京・日大三。神奈川・東海大相模、栃木・作新学院に屈してきた。

 花咲徳栄は稲垣監督時代から好投手を輩出し、プロ球界に大勢を送り込んだ。しかし打撃力の差で敗れた試合が多く、岩井監督は投手力+打線の破壊力が甲子園優勝の近道とし、今大会の打線を作り上げ、強豪を次々と“攻め倒した”。恩師にいい報告ができた。

 1951年に熊谷が初の決勝に進んだが、京都・平安に1-4で敗れ、93年には春日部共栄が県勢2度目の決勝に進出したが、兵庫・育英に2-3で屈した。99回を数える大会で埼玉県勢はわずか3度しかファイナルを経験していなかった。61得点での栄冠は、先人たちの悔しい思い、花咲徳栄の歴代指導者の艱難辛苦もまとめて場外へと吹き飛ばした。 

(河野正 / Tadashi Kawano)

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