「ウソやろ、できるわけないやん」から切り開いた道 レジェンド小西美加の野球人生

雪合戦をきっかけに野球チーム入り「髪の毛を3、40センチ切ったことも」

 小西が野球を始めるきっかけは小学2年の冬、何とも意外な“雪合戦”にあった。3歳上の兄・正則さんと同じく野球をしたいと言ったら「女は無理だ。入れない」と返された。ある大雪が降った日、チームの雪合戦を手伝い、雪玉を投げていると、監督の目が小西に向いた。「あの小さい女の子、投げ方ええな。誰や?」。そこで「体験入部なら」となったのが、今につながる第一歩だ。

 誰もが、そこで諦めるだろうと思っていた。ところが小西は諦めなかった。「同級生の男の子に勝ちたい」と負けず嫌いに火が付いた。卒業を迎えるころには、チームのエースで主将、1番打者。まぎれもない中心選手になっていた。

 近隣地域の1学年下に女の子がいたのは知っていたが「(女子は)500分の2くらいの感覚ですよ」という時代だ。周りと張り合わなければやっていけない。「男の子にならなきゃいけないと思っていたし、髪の毛を30~40センチくらい切ったこともあった」という驚きの過去もある。元々は泣き虫だった性格も、強くなったかと思われたが、三振するたびに涙目でベンチに戻る姿が多かった。

 このころの小西には、一つの願いがあったという。「実力の世界でやりたかった。男が、女がと判断されるんじゃなく、上手いか下手かで判断して欲しかった」。実際にはまだ、遠い夢だった。

 中学生になろうとしたとき、また壁があった。周りの男の子のように硬式野球をしたくても、入団を認められなかった。しかも「成績で言えばトップやけど、女だから取れない」とはっきり告げられた。「なんで女に生んだん?」と親に当たった。チームは諦めさせるためか「丸刈りにするんやったらいいよ」と言ってきた。「学校にスカートで行くのに、無理じゃないですか……」。それでも諦めきれなかった。

 同級生のプレーを見にグラウンドへ足を運び「ちょっと入らせて」とボールを握った。根負けしたのか2年生になると「練習生としてなら」と話がついた。それでもちょっと厳しい練習には入れてもらえなかった。打撃練習も最後。完全にお客さん扱いだった。チームも女子選手をどう迎えればいいのか、試行錯誤していた時代だ。

 学校では陸上部に所属。これは高校で野球に戻るための準備だった。短距離走を専門にしたのは、足が速ければ野球に生きるだろうと思ったから。さらに3年生になると円盤投げに取り組み、競技歴1か月で近畿地方のトップを争うような選手になった。

陸上で結果出しても…「野球をやりたい気持ちを抑えられない」

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY