松坂大輔が語った引退会見のすべて 「だから会見したくなかった」「最後に報われる」
1998年夏の甲子園でのPL学園戦が「諦めなければ最後に報われると感じさせてくれた」
――ご家族から労いの言葉は?
「家族も僕の体の状態をわかってくれたし、『もうそろそろやめるかも』って話していた時は、喜んでいたんですけどね。『これから遊ぶ時間が増える。嬉しい』って言ってはいたんですけど。実際に辞めるって報告した時は、みんな泣いていたんで……。『やったー! お疲れ様』って言われるかと思ったんですけど、みんな泣いていたので、うーん。でも、僕にはわからない感情を妻や子どもたちが持っていたのかもしれないですね。でもそれを知って、感謝の気持ちとともに申し訳ないなって気持ちはありますね。妻と結婚してもらうときも、批判の声だったり、叩かれることもたくさんあると思うけど、自分が守っていくからといって結婚してもらったんですけど、思った以上それができなくて本当に申し訳なかったなと思いますね。妻は本当に関係ないところで叩かれることもあったので、本当に大変だったと思います。ありがとうございましたと改めて言いたいですね」
――ご家族と過ごす時間増えると思うが一緒にやりたいことは。
「最近、家の庭で野菜を育てたりしているので、そんなことをみんなでやっていきたいと思いますね。大したことじゃないのかもしれないですけど、そういうことですらできなかったので、そういう時間を増やしていけたらと思います」
――諦めの悪さの1番の原動力は?
「諦めなければ、最後に報われると……。それを強く感じさせてくれたのは、夏の甲子園のPL学園との試合ですかね。今、質問されてパッとその試合が出てきたので、あの試合があったからですかね。最後まで諦めなければ報われる、勝てる、喜べるって。あの試合が、諦めの悪さの原点ですね」
(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)