亡き恩人に「心の中で叫んだ」 裏方から日本一の名参謀へ…人生変えた“5分の財産”
オリックス・水本ヘッドコーチ、三村敏之氏の命日に優勝パレードで感慨
2022年11月3日、大阪・御堂筋でオリックスの優勝パレードが行われた。イルミネーションイベント「大阪・光の饗宴2022」の点灯式も兼ねてナイターで実施。中嶋聡監督と吉田正尚外野手が乗った車を先頭に、華々しく26年ぶりの日本一を祝った。V戦士たちは詰めかけたファンに手を振って応えたが、そんな中、バスに乗り込んだ水本勝己ヘッドコーチには別の思いも……。この日は恩師である元広島監督・三村敏之さんの命日でもあったからだ。
「もちろん、心の中で叫びましたよ。日本一になりましたってね」。水本ヘッドはパレードの時の気持ちをストレートにそう表現した。忘れるわけがない。三村さんは人生を変えてくれた大恩人だ。「これまでいろんな人に出会って、いろんなことを教えてもらいました。そのきっかけをつくってくれたのが三村さんなんです。あの人がおらんかったら、今、こういうふうになっていないだろうなって思います」。
三村さんは1966年ドラフト会議で広島に2位指名され、広島商から入団。赤ヘル初優勝の1975年はレギュラー遊撃手として活躍した。1983年に現役引退後は指導者となり、2軍監督などを経て1994年には1軍監督に就任。5年間指揮を執った。キャッチフレーズは「トータルベースボール」。元阪神監督の金本知憲氏や元広島監督の緒方孝市氏らは教え子として知られる。2008年から楽天の編成部長を務めたが、2009年に体調を崩し、61歳の若さで帰らぬ人となった。
水本ヘッドはこう振り返る。「三村さんが監督の時、僕はブルペン捕手だったんですが、コーチのミーティングに入れさせてもらった。勉強しろって言われて。ほかにもいろんなことを教えてもらいました」。当時、三村さんのそばには、現在、広島3軍統括コーチを務める畝龍実氏と水本ヘッドがいつもいた。「楽しかったですよ。朝、いきなりプールで泳ぐぞ、とか、城を見に行くぞとか、思いつきでポンポン行動されるのでね」と笑う。見て学ぶ、聞いて学ぶ……。まさに“三村チルドレン”といってもいいくらいの関係だった。