ドラ1左腕・田中総司が戦力外を免れた一世一代の投球 胸元攻めた王貞治との“ブルペン対決”
2004年オフに戦力外…トライアウト準備中に襲った左肩の激痛
「本当かどうか分からないですが、この時の投球で王監督が翌年も残して下さったと思います。もう、肩はボロボロでしたがやれることはやりました」
翌2004年は2試合の登板に終わりオフに戦力外通告を受ける。トライアウトを受けるため練習を行っていたが、ブルペンで投げていた際に左肩に激痛が走った。「頭を洗うのも厳しかった」。私生活にも影響が出るようになり、医師から「これは手術しないと無理です」と告げられ、現役引退を決断した。
それでも“第2の人生”を考えた際に「ある程度、投げられた方が絶対にいい。仲の良かった選手に打撃投手をしてほしいと声もかけられていたので」と手術を受けた。引退後は仲間をサポートすることもあった。
1軍登板は5試合のみで、白星も挙げられずに終わった現役生活。5年間を「あっという間に終わった」と振り返る。
現在、兵庫・伊丹市で「たなか鍼灸接骨院」を開業しながら、中学硬式野球「伊丹中央ボーイズ」の監督も務めている。「子どもたちには『目的意識を持って練習すること』を伝えています。1軍で長く活躍する投手はコーチに言われてもある程度、受け流す術を持ってやっている。そういうものが僕にはなかった。形に捉われず、個性を認め、伸ばしてあげたい」。
自らが得たプロ生活での“教訓”を胸に、将来ある子どもたちを指導している。「今となってはいい経験です」。現役引退から18年の時を経て、田中氏は充実した第2の人生を送っている。
(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)