「青春って密」仙台育英・須江監督がくれた刺激 同級生が教員となって挑む“壁”

30歳で高校教諭に「試行錯誤したことで見えた景色が生きている」

 登米市の教員補助員として母校の市立中田中に勤務した時、中学校の宮城県選抜のコーチとして、指導者としての第一歩を踏み出した。その後の3年間、石巻支援学校の講師も務めながら中学生を指導し、教員採用試験に合格。2015年、30歳で高校教諭になった。

「立場上、『そろそろ進路を決めないといけないぞ』とか『親御さんと大学について話してきなさい』とか言わないといけないんですけど、本音としては、いろんな人と出会って見聞を広げることで将来が見えてくることもあるという思いも持っています。アルバイトに没頭していた時に音楽活動やダンスをしている人などと出会い、私自身が今の仕事を選択したのが26歳頃。決して、遠回りじゃないですね。道草を楽しんだというか。道草の途中で大事なものに出会えるかな、と思っています」

 高校時代に4度、甲子園の土を踏み、選抜大会準優勝を経験。東京で夢を追う若者と共有した時間も、自身が夢破れ、新たな夢を模索した時間も、「高校の先生」となった今に生きていると話す。

「いい思いもしましたが、しんどいことも経験しました。仙台育英に行った時、練習を見ながら『この子たちもきっと、これから活躍もするだろうけど、苦労もするんだろうな』と思ったんです。その時、前向きに乗り越えてほしいな、と思って、教員になりたい、と。真っ直ぐに突き進んできた高校生までと、その後、壁があって、回ろうか、登ろうか、戻ろうかと試行錯誤したことで見えた景色が今に生きているなと思います」

 人生の中であらゆる“壁”に遭遇してきたが、それらは「道草を楽しんだ」と言える経験になっており、道はひとつではないことを「たくさんの宮城の子たちに伝えたい」と教壇に立つ。そして、宮城県の高校野球の監督としては仙台育英という大きな“壁”に挑む。東北勢初の甲子園優勝を成し遂げ、優勝インタビューで発した「青春ってすごく密なので」の言葉が共感を呼んだ同級生の監督は「子どもたちの前に乗り越えてほしい高い壁を作ってくれている存在」だ。

○高橋昌江(たかはし・まさえ)1987年生まれ、宮城県出身。大学卒業後、仙台在住のフリーライターとなる。中学から大学まで10年続けたソフトボールの経験を生かし、東北地方を中心に少年野球からプロ野球まで取材。専門誌や地元スポーツ誌、Webサイトなどに寄稿している。

(高橋昌江 / Masae Takahashi)

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