完封でV→銀座で豪遊 “ぶっつけ”の日本Sは5登板 「ええかげん」な40年前のプロ野球
中日には痛恨の“石ころ事件”「流れを変えた」
このシリーズの中日先発は第1戦・小松、第2戦・都、第3戦も都、第4戦・三沢、第5戦・鈴木、第6戦・三沢。現在ではあり得ない起用法といっていいが、みんなそれを乗り越えて強くなっていった時代でもある。「内転筋を痛めてからは、引退するまでテーピングして投げていた。怪我したら何とかして治せって感じだったしね。今の選手は怪我したらどうするんだって感じで大事にしてもらっているけどね」。
4勝2敗で西武が日本一になったが、2勝2敗で迎えた第5戦(西武球場)には珍しい出来事もあった。0-0の3回表2死二塁で中日・平野謙の一塁線を抜ける打球が村田康一一塁塁審に当たり、二塁手・山崎裕之の前へ。山崎が三塁へ送球し、三塁を回っていた走者の田尾安志が戻れずにアウトになった。
審判は石ころと同じということで「石ころ事件」と言われた。小松氏も「抜けていたら先制だからね。あの時はそんなに思わなかったけど、やはり流れを変えた事件だったね」と悔しそうに思い返した。
そんな小松氏が17勝8敗1セーブ、防御率2.65、172奪三振の成績で、最多勝、最優秀防御率、沢村賞と投手タイトルを総なめにしたのが1985年シーズンだ。オールスター前では7勝6敗で「タイトルなんて考えてもいなかった」。それが変わったのは「ゾーンに入っちゃったんだよね」という。
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)