大谷翔平の“元相棒”の意外な転身先 子どもたちに注ぐ新情熱「失敗のない野球なんてない」
エンゼルスなど5球団でプレー…カート・スズキ氏が9〜10歳の子どもを指導
日本でもメジャーでも、引退した選手が指導者の道を歩み始めることは珍しくない。とは言うものの、9〜10歳を対象とした硬式野球チームの監督になる人は、そういないだろう。昨季限りで15年のメジャー生活にピリオドを打ったカート・スズキ氏は今年、ロサンゼルス近郊で“コーチ・カート”として未来のメジャーリーガーたちをポニーリーグのワールドシリーズ進出目前まで導いた。
スズキ氏は現役時代にアスレチックス、ナショナルズ、ツインズ、ブレーブス、エンゼルスの5球団でプレー。ツインズ時代の2014年にはオールスターに選出され、ナショナルズ2度目の在籍となった2019年にはワールドシリーズ優勝を掴み取った。2021年から2シーズンを過ごしたエンゼルスでは、大谷翔平投手と16試合でバッテリーを組んでいる。
スティーブン・ストラスバーグ、マックス・シャーザーら、これまで数々のスター投手たちの球を受けてきた元捕手が、なぜ野球を始めて日が浅い子どもたちを教えることになったのか。それは「家族の時間」を優先させた結果だったという。
「そもそもは監督をしたいというより、息子(長男)と一緒の時間を過ごしたいという気持ちの方が強かったんだ。プロ野球選手は1年のうち8か月くらいは家を留守にしてしまうから、現役時代は息子と野球をすることができなかった。だから、引退したら一緒に過ごす時間を増やしたかったし、野球をやるなら自分が教えたいと思っていたんだ。子どもが野球とは何かを知り、正しくプレーするためのサポートをしたいなと」
そんな成り行きから息子の所属チームに指導者として参加するようになり、気がつけば監督になっていた。「本当に楽しい経験をさせてもらっているよ」。野球を純粋に楽しむ子どもたちは「エネルギーの塊で、とにかく野球に対する情熱に溢れているんだ」と話す顔は満面の笑み。「子どもたちに野球を教えるのって本当に楽しいんだよ」とは言うものの、逆に子どもたちから学ぶことも多いという。
「子どもと一緒にいると、野球は子どものためにあるスポーツだって思い出させてもらえるんだ。ただただ心ゆくまで野球をプレーするということを楽しんでいる。どうしてもプロになると、その純粋な気持ちを忘れてしまうんだ。毎日プレーをしていると、ヒットを打てるか、ミスせずにプレーできるか、そういうことを考えがちになるから、野球本来の楽しさを感じられなくなってしまう時がある。でも、今年は子どもたちと一緒に過ごせたおかげで、野球がどれほど楽しいスポーツなのか、仲間との友情がどれほど大切なものなのか、忘れかけていたことを思い出させてもらえたよ」
保護者は子どもに成功を期待するも…「失敗のない野球はあり得ない」
野球本来の楽しさが蘇ってきたとなれば、またギアを身につけて投手をリードしたり、バットを握って打席に立ったりしたくなることも……? 「対戦相手の保護者がヤイヤイうるさい時に、一発かっ飛ばして黙らせたくなるくらいかな(笑)」とジョークを飛ばすが、今は自分がスポットライトを浴びるのではなく、次世代を担う子どもたちに経験や知恵を引き継ぎたい思いが強いようだ。
「子どもたちの成長や野球を正しく学ぶことをサポートするのが、今の自分に与えられた役割だと思うんだ。色々な経験をして、たくさん失敗も重ねてきた。成功も味わうことができたから、野球は山あり谷ありだと身をもって知っている。だからこそ、子どもたちには野球で大切なメンタル面も伝えていきたいんだ。野球がいかにアップダウンの多いスポーツかもわからずに、子どもたちに成功だけを期待する保護者も多い。でも、失敗のない野球なんてあり得ないからね。成績のアップダウンに左右されず、精神的に安定した状態を保つことは、とても重要なポイントになってくるんだ」
ルーキー監督として臨んだ今季は、ポニーリーグが主催するワールドシリーズにカリフォルニア州代表として出場するまで2勝、及ばなかった。当初は週2回程度の練習だったが、トーナメントを勝ち上がり始めると子どもたちの熱意にも押され、ほぼ毎日練習するようになっていた。7月のある日、トーナメントに敗れ、悔しい形で春季シーズンを終えた後、チーム全員に「君たちのことをとても誇りに思うよ」と伝えたという。
「子どもたちにとって、色々な学びを得る機会になったはず。僕にとって大きな収穫だったのは、子どもたちが何よりも仲間に会えなくなることを残念がっていたことなんだ。9歳、10歳の子どもとって一番大切なのは、仲間を作り、友情を育んでいくこと。仲間と過ごす時間を楽しみなさい、ということも伝えたんだ」
息子をきっかけに思わぬ形で始まった監督業だが、今では「すっかりハマってしまったから、子どもたちに『辞めてください』って言われるまで続けるつもりだよ」と笑う。
「正直、自分がここまで野球をする子どもたちのために情熱を注げるとは思わなかった。楽しくできればいい、くらいに思っていたけれど、子どもたちがグラウンドに足を踏み入れる度に見せるワクワク感や熱意、楽しさに触れる度に、自分も自然と感化されてしまうんだ。自分が子どもの頃、どれだけ野球を楽しんでいたか、その気持ちが呼び覚まされてきたよ」
秋季リーグでも監督を続けるというスズキ氏。生存競争が激しく、痺れる戦いが続いたメジャー生活を終え、子どもたちを通じて再発見した野球の楽しさが、今はたまらなく心地よさそうだ。
(佐藤直子 / Naoko Sato)
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