試合前ノックで相手に「ナイススロー!」 “異例”声掛け浸透…地域に根付く「野球の本質」
ベンチ前に並び相手のシートノックに声を発する千葉・柏市のチーム
公式戦前の5分間のシートノック。ここで手の内を隠すチームはまずあるまい。外の視線を気にするより、自分たちのパフォーマンスを発揮するための準備が主眼だ。ゴロの弾み具合やフライの見え方、外野やファウルゾーンの広さなど、その日で異なる環境面の確認のほか、自身と仲間のコンディションの確認も大切になる。
相手チームがそうした最終点検をしている5分間の過ごし方は、チームによる。全員で注視し、相手守備のレベルや長短をインプットしていくのが最も一般的だろう。そこに存在するのは相手チームに対する「敵」という意識や概念だ。
「サード、ナイススロー!」「ショート、ナイスキャッチ!」「セカンド、しっかり~!」……。
5分間のシートノックを行っている相手チームに向けて、ベンチ前から声を発する。こういう地域が学童野球界に存在することをご存知だろうか。そこは、千葉県の柏市だ。
一列に並んだ選手たちは、これから戦うことになる相手チームのノッカーのボールを目で追いながら、プレーする選手へ口々に声を掛ける。そこに「敵意」はない。同じ地域で同じ野球をする「仲間」への関心や、互いに健闘を誓い合おうという意図が働いていることは、前向きな言葉や声のトーンからも読み取れる。
本質としてあるのは「フェアプレー精神の養成」
「いつから始まったんでしょうね、もう10年以上前からだと思います。連盟でルール化したり、強制するようなことは一切していません。おそらく、どこかのチームがやり始めて、良いと思ったチームがマネをする。それで徐々に広まったんだと思います」
24チームが加盟する市少年野球連盟の大桑久光会長(取材当時)は、シートノック中の声掛けの経緯をそう説明した。すっかり定着した風習なのだろう、その後の両チーム整列と挨拶、そしてプレーボールという流れにも支障は何もなかった。
その後の公式戦はもちろん、真剣勝負だ。それでいて、相手チームをヤジったり、敵失で盛り上がったり、結果として相手選手の心理を脅かすような指導者の声もなかった。要するに、フェアプレーの精神が、この地域では自ずと根付いている。
「県大会に行くと柏市のチームはよく怒られるんですよ。『相手チームのシートノック中はベンチの中に入っていなさい!』と」。確かに、相手のシートノック中はフィールドに出ないというのが一般的にはルールやマナーだろう。シートノックが妨げられないための制約とその必要性も理解できる。
柏市は、全日本学童大会で2019年から2年連続で3位に入った豊上ジュニアーズも所属する、ハイレベルな地域。往年のスター・谷沢健一氏(元中日)や、日米で活躍した小宮山悟氏(現・早大監督)らプロ選手も複数生んでいる。とはいえ、そういう「野球どころ」だからといって、あるいは自分たちは良いことをしているのだという思い上がりから、県大会での注意に背くということは、もちろんない。
そもそも、ベンチの中からでも相手チームに声を届けることはできる。本質としてあるのは「フェアプレー精神の養成」だ。それを見抜ける大人が増えてくれば、県大会や全国大会でも、シートノック中のベンチ前からの声掛けが認められるケースも出てくるのかもしれない。
〇大久保克哉(おおくぼ・かつや)1971年生まれ、千葉県出身。東洋大卒業後に地方紙記者やフリーライターを経て、ベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」で千葉ロッテと大学野球を担当。小・中の軟式野球専門誌「ヒットエンドラン」、「ランニング・マガジン」で編集長。現在は野球用具メーカー、フィールドフォース社の「学童野球メディア」にて編集・執筆中。
(大久保克哉 / Katsuya Okubo)
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