巨人スカウトも唸った“6番手” 桑田真澄以来の快挙も…モヤモヤの夏「何とも言えない」

インタビューに応じるPL学園OBの上重聡さん【写真:小林靖】インタビューに応じるPL学園OBの上重聡さん【写真:小林靖】

フリーアナウンサーの上重聡氏はPL学園1年時にメンバー入りの“快挙”

 第106回全国高校野球選手権が7日にいよいよ開幕する。大阪の名門、PL学園のエースとして甲子園でも活躍したフリーアナウンサーの上重聡さんは1年生ながらも、大阪大会でのメンバー入りを果たした。1年生の投手では桑田真澄以来という“快挙”だったが、大会を通じては「何ともいえない感じでした」と当時を振り返った。

「戦略がはまりました。1年生投手がメンバーに入ったのは桑田真澄さん以来だったそうです」

 1年生ながらも夏の大会でのメンバー入りを、こう表現した。しかも入学内定をもらった中学3年時の夏の段階では、担当のスカウトから「同級生7人いる投手のうち君は6番目の評価。3年生のときに1回でもPLのユニホームを着られたらラッキーくらいの思いで入ってください」との厳しい言葉を受けていた。自身は小、中学生時代は常に2番手で、エースになった経験はなかったという。

 1年生の中ですら“6番手投手”だった上重氏が栄光のメンバー入りを掴めたのには、周到な準備が奏功していた。中学時代に所属していた「八尾フレンド(現大阪八尾ボーイズ)」を引退した8月以降を「そこで一番練習しました。ジムにも通って」と振り返る。

「当時、大阪で野球が上手い子たちはヤンチャな子が多く、引退後に遊んでしまい、ほとんど練習をしないんです。ものすごく上手いんですけど、入学後の最初の練習で怪我や状態が上がらない子がほとんどでした。そんなときに『1年で誰か投げられるやついないか? バッピ(打撃練習の投手)をやってみろ』となったときに自分が名乗り出てアピールしていました」

巨人スカウトの一言が追い風「雰囲気が桑田に似ている」

 当時は3年生左腕の前川勝彦(1996年ドラフト1位で近鉄入団)が絶対的なエースとして君臨。前川の視察に訪れていた巨人のスカウトが打撃練習でいい球を投げていた上重氏をたまたま見かけて「あの子面白いね。雰囲気が桑田君に似ている」とポツリ。監督やコーチに存在がインプットされ、「トントントンと話が進んでいきました」。

 メンバー入りへの“最終試験”は星稜高(石川)との練習試合。巨人スカウトの一言と、練習での内容が評価され、登板機会をもらった上重氏は前年の夏の甲子園準優勝校を相手に3回無失点と好投し、メンバー入りを確定。背番号「11」をゲットした。「ユニホームをもらえたときは、胸のPL学園の文字を指でなぞりました。憧れだったので」と感慨深そうに語った。

 しかし、待望のベンチ入りを果たすもいっこうに本番での出番はこない。大阪大会はすべて前川が投げ切って優勝した。「ベンチには入れましたけど、試合には出ていないので何ともいえない感じでした」。甲子園出場を喜ぶのと同時に、もどかしさも覚えていた。

 選手権が始まってもモヤモヤは晴れなかった。初戦を勝ち、迎えた県岐阜商との2回戦。8回を終えて10-3と大量リード。監督から「9回投げさせるぞ」とついに声がかかったが、前川が「俺が投げます」。そのまま前川が完投し、PL学園は高陽東高(広島)との3回戦に惜敗した。

「結局、最後まで前川さんが投げ切りました。自分としては甲子園には行ったんですけど、マウンドまでは遠かったです。“本当の甲子園”には出ていない1年生の夏でした」。目標でもあったPL学園のユニホームを着て甲子園出場をかなえたが不完全燃焼。新たな目標が芽生えた瞬間でもあった。

(湯浅大 / Dai Yuasa)

Restart_上重聡編

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