74歳監督の鼓舞「1か月チャンスやる」 補欠からHR量産…真面目っ子が起こした“劇場”

兵庫・北ナニワハヤテタイガースの中川翔斗【写真提供:フィールドフォース】
兵庫・北ナニワハヤテタイガースの中川翔斗【写真提供:フィールドフォース】

勘違いベース1周→サヨナラ打も…全国準V・北ナニワハヤテタイガースの中川翔斗選手

 高校野球の夏の甲子園と同じく、47都道府県大会の代表によって日本一を決する“小学生の甲子園”、「高円宮賜杯 第44回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメント」は8月22日、大阪・新家スターズの2年連続2回目の優勝で閉幕した。前年度優勝チームに、開催地代表も加えた51チームによる巨大トーナメントで、今夏、特異な輝きを放った6年生が、準優勝した北ナニワハヤテタイガース(兵庫)にいた。中川翔斗(なかがわ・しょうと)、右投右打の外野手だ。

 その存在がにわかにクローズアップされたのは、準々決勝での“幻のホームラン”からだ。2-2で迎えた4回裏の第2打席で、真ん中付近のボールをジャストミートすると、白球はセンター方向へ高く舞い上がる。これを背走で追った相手の中堅手が、70メートルの特設フェンス手前で辛くも捕球。

 しかし、打者走者の中川は、その瞬間も見ずに全力疾走していた。一塁ベースを回ったあたりで、前屈みで転びそうになっている中堅手を見てフェンスオーバーと勘違いしたようだ。走るスピードを緩めた打者走者は、そのまま二塁、三塁ベースも蹴って本塁へ。

 異変に気付いたのは本塁のすぐ手前あたり。次打者から事実を知らされると、小走りで一塁ベンチ内へ。そして白い歯を見せると、ベンチ内が一斉に笑い声で沸いた。

「手応えもあったので、入った(本塁打)と思いました。でも走りながら、ちょっと……アレッと」

 試合には4-2で勝利し、中川は2回に先制点の口火となる二塁打を放っていた。試合後は仲間に軽くイジられながらも、空振りならぬ“空ダイヤモンド一周”を笑顔で振り返った。

フェンスも越える長打力で7月からレギュラーに【写真提供:フィールドフォース】
フェンスも越える長打力で7月からレギュラーに【写真提供:フィールドフォース】

マジメさと足で補欠からレギュラーに…打率5割で“最後の夏”を飾る

「笑うてまうやろ、あのレフトの中川いう子は出来が悪いんや」

 74歳の大ベテラン、1988年にはチームを日本一に導いている石橋孝志監督は辛らつに切り出した。しかし、「出来の悪い子」ほど可愛いのかもしれない。

「あの子(中川)はずっと補欠やったんですよ。でも、体も足もあるし、マジメやからね。ええもん持っとるから、あの子に『7月の1か月間はレギュラーのチャンスをやるから、頑張れ!』と」

 するとどうだ。7月だけで中川は6本塁打を放って定位置を確保。8月の全国大会を前にレギュラーへ滑り込んだ。

 迎えた夢舞台の1回戦では、先制点の口火となる左前打。2回戦でも2安打をマークした。“幻のホームラン”に続く準決勝では、0-0の最終6回裏に左中間へサヨナラヒットを放ち、「全国大会は楽しいです!」と声を弾ませた。

 また大会中、パンチ力と同じく目を引いたのが、全力疾走だった。50メートル走は8秒ジャストと、飛び抜けて速いわけではないが、一塁まで駆ける姿は全力を絵に描いたよう。レフトの守備でも、ファウルボールに果敢に飛び込む姿があった。

 決勝は0-11の大敗も、5回に左中間へ二塁打。これが最後の打席となり、計6試合で14打数7安打の打率5割、二塁打3本と、堂々たる成績を残した。

「自分にとっては、思い出になる全国大会だなと思いました」

常に全力で駆ける姿は感動的でもあった【写真提供:フィールドフォース】
常に全力で駆ける姿は感動的でもあった【写真提供:フィールドフォース】

プロスピ契機に始めた野球、中学では…まだ「考え中です」

 中川は一人っ子で、野球を始めたのは3年生。携帯ゲームの『プロ野球スピリッツ』にハマったのがきっかけだ。“劇場”とも言えた、ひと夏の夢舞台を経て、野球人としてさらに大きな夢が語るかと思われたが、意表を突く答えだった。

「中学では野球はちょっとまだ……他にやりたいことがあるわけでもないけど、考え中です。でも6年生のうちは最後までやり切ります」

 どの道へ進もうとも、きっと全力は変わるまい。満12歳の夏に手にした銀色のメダルは一生の宝となり、野球人からはそれだけでもリスペクトされることだろう。

○大久保克哉(おおくぼ・かつや)1971年生まれ、千葉県出身。東洋大卒業後に地方紙記者やフリーライターを経て、ベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」でロッテと大学野球を担当。小・中の軟式野球専門誌「ヒットエンドラン」、「ランニング・マガジン」で編集長。現在は野球用具メーカー、フィールドフォース社の「学童野球メディア」にて編集・執筆中。

(大久保克哉 / Katsuya Okubo)

少年野球指導の「今」を知りたい 指導者や保護者に役立つ情報は「First-Pitch」へ

 球速を上げたい、打球を遠くに飛ばしたい……。「Full-Count」のきょうだいサイト「First-Pitch」では、野球少年・少女や指導者・保護者の皆さんが知りたい指導方法や、育成現場の“今”を伝えています。野球の楽しさを覚える入り口として、疑問解決への糸口として、役立つ情報を日々発信します。

■「First-Pitch」のURLはこちら
https://first-pitch.jp/

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY