大規模火災で「終わりが見えず」 一時は散り散りも…大船渡の中学生が打ち勝った“逆境”

大規模火災を乗り越えた東朋野球クラブナイン【写真:川浪康太郎】
大規模火災を乗り越えた東朋野球クラブナイン【写真:川浪康太郎】

岩手・東朋中軟式野球部が火災乗り越え東北大会優勝、来春の全国大会へ

 日常が突然、非日常になる。野球ができることのありがたみを知った選手たちは何度も逆境に立ち向かい、強くなった。今年2月、岩手県大船渡市で大規模な林野火災が発生。鎮圧、鎮火までにかなりの時間を要したため、大船渡市立東朋中軟式野球部(東朋野球クラブ)は約1か月の活動停止を余儀なくされた。思わぬスタートを切った1年だったが、8月の東北少年軟式野球大会に大船渡中との連合チームで臨み優勝。「東北一」の称号を手に入れた。選手たちはいかにして困難を乗り越えたのか。

 短い期間に複数箇所で発生した林野火災では、東朋中の近隣である大船渡市赤崎町合足地区や三陸町綾里の広範囲が消失した。避難指示がすべて解除されたのは1回目の火災が発生してから約3週間が経過した3月10日。幸い、自宅が大きな被害を受けた部員はいなかったものの、その間は親戚の家や避難所に散り散りになり、時折各自で体を動かす程度しかできない状況に陥った。

 消防士として働く鈴木賢太コーチは連日、消火活動にあたった。活動が落ち着くまでは帰宅もままならなかったという。「なかなかゆっくりと家族にも会えず、また野球部の選手たちに被害があるのか、心配だらけで心が休まらなかったです。終わりが見えなかったので、何より『綾里や赤崎がどうなってしまうのだろう』と不安で……」。目の前の現場を対応しながら、毎日雨乞いをして日常が戻る時を待った。

 3月下旬、スポーツメーカーや他の中学校からの寄付、支援を受けて練習が再開。鈴木コーチは久々に顔を合わせた選手たちに「恩を受けただけではダメ。今度は地域に向けて『俺たちでもやれる』という明るいニュースを届けよう。そのために勝って、目標の岩手一のチームになろう」と伝えた。

東北少年軟式野球大会の優勝旗を手にする須賀隆翔(左)と山口大将【写真:川浪康太郎】
東北少年軟式野球大会の優勝旗を手にする須賀隆翔(左)と山口大将【写真:川浪康太郎】

約1か月ぶりの再会…実感した野球ができる日常のありがたみ

 選手たちは鈴木コーチの言葉を聞いて奮起した。前主将の須賀隆翔選手(3年)は「地域でつらい思いをしている方が多かったので、この大船渡から少しでも良い情報を発信して、応援してもらおうと気を引き締めました」と当時を回顧する。

 野球ができることのありがたみも再確認した。避難指示が発令されている期間は、親戚の家で素振りやキャッチボールをするだけだったという木下太陽選手(2年)は「久しぶりにみんなと野球ができた時は火災を忘れるくらい楽しかったです」と話す。河原凪選手(2年)も「再開直後は野球と生活の区別がつかず、練習中に『家は大丈夫かな』という心配が頭をよぎることもありましたが、目標を達成する中で勝つことの幸せを感じました」と率直な胸の内を明かした。

 岩手県少年軟式野球大会は3位止まりに終わるも、出場資格を得た東北大会で優勝。火災を経てチームが一致団結し、有言実行を果たした。有終の美を飾った須賀は「大きな経験をさせていただいた。優勝というかたちで部活を終えられたので悔いはないし、頑張ってきて良かったです」と充実感をにじませた。

 今年は雨が降る中で練習する日が例年よりも多かった。東北大会に向け出発する数日前には県沿岸部に津波警報が出され、丸一日学校で避難生活を送った。今月8日にはまたも大きな地震に見舞われた。火災以外にも困難の連続だった。

「全国を探してもこういう経験をした中学生はなかなかいない。日常が戻ってきた時に、『今度は自分たちが受けた恩を返す番だ』と奮起して東北一を実現してくれた。小さな街で起きた大きな出来事が、自分たちの街を自分たちで盛り上げることにつながりました」と鈴木コーチ。来年3月に出場予定の全国大会「全日本少年春季軟式野球大会」でも、大船渡に「明るいニュース」を届けるつもりだ。

(川浪康太郎 / Kotaro Kawanami)

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