PL戦士と智弁名将が“異色タッグ” 「野球は二番」が理念…謹慎で学んだ「人間力育成」

昨年設立の東京小岩ボーイズ…顧問は甲子園68勝の高嶋仁氏、監督はPL出身の藤田怜氏
甲子園で春夏通算7度優勝し、現在は休部状態となっているPL学園野球部。その“DNA”を受け継ぐ新たなチームが2025年、東京で産声を上げた。中学硬式野球ボーイズリーグに所属する「東京小岩ボーイズ」だ。監督を務めるのはPL学園出身の藤田怜氏。チームの顧問には、智弁学園と智弁和歌山を率いて甲子園歴代2位の通算68勝を挙げた高嶋仁氏が名を連ねる。
名門出身の2人がタッグを組んで目指すのは、意外にも「勉強第一」のチーム作りだ。藤田監督と高嶋氏の間には、ある約束があった。「子どもたちが勉強をやるなら、チームに加わる。野球だけの選手を育てるならやらない」。智弁和歌山で全国制覇3度、準優勝4度の実績を残した名将の根底にあったのは“野球だけ”の選手を作らない指導方針だった。
藤田監督はチーム創設前、野球と勉強の指導を行っていた智弁和歌山出身の佐々木勇喜氏を通じて高嶋氏と出会った。野球指導者としての心構えを学んでいた際に高嶋氏から「勉強が一番、野球は二番」と、伝えられたという。プロ野球選手になれるのは、高校球児の一握り。野球を終えた後の人生をどのように生きていくか――。社会に出ても通用する“人間力”の大切さを子どもたちに求めていた。
だからこそ、野球だけでなく勉強でもトップクラスの人材を育てる。佐々木氏と共にチームを創設した藤田監督が理想とするのも「人間力の育成」。その理念に高嶋氏が賛同し、異色の協力体制が実現した。勝つことの厳しさを誰よりも知る高嶋氏が説いた基礎固めと学習の重要性。「指導者として、子どものためを思ったら地道でしんどい。でもそれをやっていけばいい」。その言葉は、藤田監督の背中を強く押した。

PL学園時代に経験した出場停止…廃止した理不尽な上下関係
藤田監督の指導哲学の根底には、PL学園時代の壮絶な経験がある。2年時の2001年夏、先輩の不祥事により活動停止処分を受けた。新チームになった秋季大会も辞退し、翌2002年の選抜大会出場も絶たれた。「なんで俺たちも謹慎なんや」。葛藤の中で半年間、ボールを握らずゴミ拾いやグラウンド整備に明け暮れた。
それでも腐ることはなかった。チームメートと話し合い、PLの伝統だった「付き人制度」など理不尽な上下関係を廃止した。半年の謹慎期間中は他校との練習試合もできない状況だったが、当時、同志社大に在籍していた平石洋介氏(元楽天監督)らOBが集まり試合相手を買って出てくれたという。
謹慎明けの2002年春は大阪大会を制し、近畿大会に出場。最後の夏は大阪大会5回戦で敗退し、甲子園に出場できなかったが、藤田監督は自身の高校時代を後悔することはないという。
「PL学園と聞けば『厳しい、辛い』ばかりが注目されますが、そうじゃないです。僕たちは甲子園に行けなかった。ですが、技術だけじゃなく、人間力が大切と気づかされた。それが大人になって生きていく。その経験があったので、子どもたちに指導する時に人間力が必要だと、改めて思いました」
波瀾万丈の高校野球。苦難の末に辿り着いた答えが、現在の指導の核となっている。
かつてのPL学園野球部は、長く休部状態にある。しかし、「PLの伝統をなくしたくない」という思いは消えていない。野球の技術だけでなく、苦境を乗り越える人間力、そして将来を切り拓く力――。形は違っても、野球人として「一番大事なところ」を伝えるための挑戦が始まった。
(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)
球速を上げたい、打球を遠くに飛ばしたい……。「Full-Count」のきょうだいサイト「First-Pitch」では、野球少年・少女や指導者・保護者の皆さんが知りたい指導方法や、育成現場の“今”を伝えています。野球の楽しさを覚える入り口として、疑問解決への糸口として、役立つ情報を日々発信します。
■「First-Pitch」のURLはこちら
https://first-pitch.jp/