37歳で無双「いまだに自分の中では“?”」 夢心地の1年目に“燃え尽き”も…現実に引き戻された出来事|THE KEYWORD 齋藤隆 #2
米国でプレーした時間を語る齋藤隆氏【写真:藤岡雅樹】絶対的守護神・ガニエの故障で巡ってきたメジャー昇格
日本で実績を残しながら36歳で海を渡り、マイナー契約から名門ドジャースの守護神へと上り詰めた。野球解説者として幅広く活動する齋藤隆氏が過ごした現役生活は、唯一無二の経験にあふれている。主戦場をメジャーとした7シーズンを『挑戦』のキーワードで紐解くシリーズ。第2回は「メジャー昇格とキャリアハイの誕生」を深掘りする。
招待選手としてメジャーキャンプに参加したドジャース1年目のスプリングトレーニング。「一度でいいからメジャーのマウンドに上がりたい」と本気で臨む毎日は、瞬く間に過ぎていった。「ピンチなのかチャンスなのか分からない」時間が続き、オープン戦では全力投球を重ねた。しかし、3月22日に傘下3Aラスベガスへの合流を命じられ、開幕メジャーを逃した。
だが、予想よりも早く、メジャー昇格のチャンスが巡ってくる。開幕直後、ドジャースの絶対的守護神だったエリック・ガニエが右肘を痛めて戦列を離れることとなり、その補充要員として昇格したのが齋藤氏だった。
「今もはっきり覚えています。ラスベガスの開幕日(4月6日)の朝9時くらいに、通訳が『今からメジャーに合流してください』って冷静に言うんですよ。『えっ?』って(笑)。実感のないまま荷物をまとめて、まだ1試合も投げてないけれどラスベガスの監督に『お世話になりました』って挨拶をして、飛行機に飛び乗りました」
フィラデルフィアでのデビュー戦「ところどころ刻むように覚えている」
メジャー登録されたのは開幕4戦目の4月7日、遠征地フィラデルフィアでのこと。その日は出番がなく、翌日は降雨による順延で、初登板は同9日のダブルヘッダー第1試合だった。
3-3の同点で迎えた8回裏1死一、二塁。齋藤氏は、郭泓志投手に代わり4番手としてマウンドへ向かうと、打席に立つデビッド・ベルと対峙した。カウント1-2からの4球目。目の前に転がってきた打球を捕って二塁へ送球し、1-6-3の併殺でピンチを脱出。完璧なデビューを飾ってみせた。
補充要員として昇格し、5月には守護神に抜擢された1年目の齋藤隆氏「写真:アフロ」「もちろん初登板は覚えてますよ。ダブルプレーでした。でも、感覚としてところどころ刻むように覚えているけど、どれもこれも夢心地で。メジャーに呼ばれた時、いや、呼ばれる前から、ずっと夢心地な感じでしたね」
この日から8戦連続無失点を記録し、4月はセットアッパーとして12戦登板で7安打1失点、防御率0.69。圧倒的な数字で締めくくると、5月には守護神に抜擢され、チームに欠かせない存在となった。結局、この年はチーム最多の72試合に登板し、6勝2敗24セーブ7ホールド、防御率2.07という成績。107奪三振は救援として両リーグ最多で、チームはプレーオフ進出を果たした。
激動の1年でバーンアウト…現実に引き戻された言葉
これだけの結果を出したのだ。登板を重ねるにつれ、地に足が着く感覚を強めたのかと思いきや、「それが、あの年は最後の最後まで夢心地だったんです」と明かす。
37歳で当時の日本人最速159キロを投げられた理由とは…
(佐藤直子 / Naoko Sato)
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