「日本の野球に傷がつく」 イチローが危惧していた未来…拒み続けた“アジャスト”|ICHIRO:10,000分の対話 #3

メジャーの舞台で重圧と向き合ってきたイチロー【写真:アフロ】メジャーの舞台で重圧と向き合ってきたイチロー【写真:アフロ】

イチローと松坂大輔…2014年に2人から矢継ぎ早に受けた質問

 あれは今から12年前のことだ。

 当時、イチローはヤンキースの、松坂大輔はメッツのユニホームを着ていた。2014年5月12日、ヤンキースタジアムでは、ともにニューヨークを本拠地とするヤンキースとメッツが戦う”サブウェイ・シリーズ”の4連戦が始まろうとしていた。見どころは『松坂対イチロー』……であるはずがなかった。そのシーズンのイチローの役割は、レギュラーの外野手のバックアップで、松坂は先発ではなく慣れない中継ぎ。しかしベンチスタートでもブルペンスタンバイでも、イチローと松坂は、与えられた役割をこなそうと高いモチベーションを維持してきた。それこそが2人のプライドだったと言っていい。

 試合前、ヤンキースのクラブハウスでイチローが訊いてくる。

「大輔、どんなボールを投げてるの?」「スピードは?」「今のフォームはどんな感じ?」

 畳み掛けるような質問に、「かなり力のあるまっすぐを投げてるよ」「92マイルは出てるんじゃないかな」「フォームは前とはまったく違うよ」と、矢継ぎ早に答えていく。するとイチローがこう言った。

「へーっ、そうなんだ」

 イチローはこちらがビックリするような、嬉しそうな顔をしていた。

 一方、メッツのクラブハウスでは松坂が訊いてくる。

「イチローさん、練習に出てきますかね」「なんで腰痛めたんですか」「今回は対戦できないのかなぁ」

 これまた、畳み掛けるような質問に、「グラウンドには出てこないかもね」「ミルウォーキーでライトフライをヒザで滑って捕りにいこうとしたら、芝が土ごと剥がれてブレーキがかかっちゃったみたい」「最近、どんなボールを投げてるのか、気にしてたよ」と、こちらも矢継ぎ早に答えていく。すると松坂はひとこと、こう言った。

「これが今シーズン、唯一の楽しみだったのになぁ……」

 その瞬間、松坂はこちらが想像した通り、落胆した表情を浮かべた。

2014年、サブウェイ・シリーズで談笑するイチロー(左)と松坂大輔【写真:アフロ】2014年、サブウェイ・シリーズで談笑するイチロー(左)と松坂大輔【写真:アフロ】

 日本の野球は、米国のベースボールにはない独自の文化をいくつも育んできた。そのうちの一つがピッチャーとバッターによる”名勝負列伝”である。かつての『村山実対長嶋茂雄』や『江夏豊対王貞治』、『江川卓対掛布雅之』や『山田久志対落合博満』、『野茂英雄対清原和博』、『松坂大輔対イチロー』など、日本ではピッチャー対バッターの対決が伝説の名勝負として、いくつも語り継がれてきた。ところが、不思議なことに米国の野球には、そういうロジックで語り継がれている対決はない。

 米国で宿命の対決といえばヤンキースとレッドソックス、カブスとカージナルス、ドジャースとジャイアンツといったチーム同士の戦いであり、ピッチャーとバッターではない。ベーブ・ルースやバリー・ボンズ、アレックス・ロドリゲスといった歴代のスラッガーに対して、すぐに名前が挙がるピッチャーはいないし、ノーラン・ライアン、サイ・ヤング、ロジャー・クレメンスといった名投手を見ても、同時代に凌ぎを削ったバッターとのマッチアップがクローズアップされることはない。米国の文化が大事にするのは個性、日本の文化は組織を重視するイメージが強いのに、日本の野球が個の対決をおもしろがり、米国のベースボールはチーム同士の対決を重視するというあたりが興味深い。

松坂が忘れぬハグ、イチローが伝えたかった想い

 そんな中、2007年に日本から米国へと対決の舞台を移した『松坂対イチロー』の対決はメジャーでも実現し、ピッチャー対バッターの名勝負という文化がない米国でも紹介されていた。彼らがメジャーで初めて対決した日の朝、ボストンのテレビでは、日本時代の2人の初対決が繰り返し流れ、全国紙はスポーツ版の一面で『日本が生んだヒーローの対決』という記事を掲載している。イチローは「この日のことは僕と大輔とでしか作ることができなかった」と言い、松坂は「イチローさんを追いかけてここへ来た」と言った。彼らはお互いに負けたくないという強い意識を隠そうともしなかった。

 そんな歴史を経て、ふたりが再会した2014年のサブウェイ・シリーズ。試合前、練習に出てきたイチローのもとへ、松坂は駆け寄っていった。

 すると、まさかのハグ――。

再会を喜んだイチローは松坂大輔とハグを交わした【写真提供:産経新聞社】再会を喜んだイチローは松坂大輔とハグを交わした【写真提供:産経新聞社】

 イチローは松坂を抱き寄せたのである。これには松坂も仰天した。イチローにハグされたのは初めてだったからだ。もちろん、イチローがアメリカナイズされているわけではない。それだけの想いを松坂に伝えたかったのだ。

 イチローは当時、こう話している。

「大輔は、ただ投げている人ではない。アイツが背負っているものは人と違うものがある。常に自分だけではない何かを背負っているでしょう。いい味つけができてきているというか、そう感じさせる存在になってきたと思います。今は先発じゃないし、アイツの中に秘めるものが必ずある。アイツのことを好きな人はそういうところが好きなんだろうし、もう一回、先発に戻ってバンバンやってくれたらね。2年ぶりの大輔を見たら、今日、僕は試合には出ていないんだけど、応援したいというか、一緒に頑張りたいというか、そういう気持ちになりました。なかなか同志という存在はいないんだけど、大輔はそういう意味で唯一の存在かもしれない…….。僕にとってはね」

2人が背負っていた重圧「ダメなら日本の野球に傷がつく」

 イチローが松坂を同志と呼び、松坂がイチローを特別だと言う。2人だけが背負っているものとは、いったい何なのか。

 イチローは言った。

「同志と言ったのは、アイツがどれだけ叩かれても、レッドソックスとは違うユニホームを着ても、それでも前へ進もうとしてるというのが大きいんじゃないのかな」

 松坂はこう言った。

「前へ進んでいくという気持ちは昔から自分にあるものだと思ってますけど、それが途切れないのは常に前へ進んでいくイチローさんを見てきたからじゃないですか」

“アジャスト”という言葉がある。

 野球人の多くは、それを必要なことだと都合よく解釈する。しかし、いかにメジャーの野球が日本よりレベルが高く、野球そのものが異なっていたとしても、“アジャスト”は、メジャーの舞台で“通用”という現実を手に入れるために日本のプレースタイルを捨てることと同義だ。しかし日本で培った自身の野球のまま、メジャーでも同じ輝きを放てなければ意味はないと“アジャスト”せず、愚直に己の野球を貫いてきたのがイチローだった。そしてイチローは松坂に同じ匂いを感じていた。だから彼を「同志」と表現し、ハグをしたのだ。イチローはこうも言った。

メジャーでも自身が目指す“野球”を貫いてきた【写真:アフロ】メジャーでも自身が目指す“野球”を貫いてきた【写真:アフロ】

「ハグですか……覚えています。あれは僕の想いの表現でした。大輔がもがいている様子は窺えたし、歯車が噛み合っていないようにも見えていました。お互いにユニホームも変わって、久しぶりに会って、心の内を想像すれば、握手じゃなかったんですよね……。それは、僕らが同じような道を歩んできて、どこかで価値観を共有して、いつしか自分の存在の大きさというか、影響力というものを感じていたからだと思います。自分のことで必死にならざるを得ない選手が多い中、アメリカへ行ってからの大輔は、常に自分ができることは日本の選手ができること、自分ができないことは日本の選手ができないこととイコールにされてしまう意識があったと思います。

 アメリカにいれば僕らはいつも日本代表でした。ダメなら日本の野球に傷がつく。そう思っている選手はそんなにいなかったんじゃないかと僕は思います。でも大輔はずっとそう思っていた。重いものを背負っている感じがありました。僕はメジャーで初めての日本人野手で、日本では7年続けて首位打者を獲りました。そういう選手がどれだけアメリカでやれるんだという関心は持たれていたと思います。僕ができないことを日本の野手ができないこととされてしまえば、後輩たちへの影響も出てしまう。そういう重いものを唯一、共有できた選手が大輔だと思います」

(石田雄太 / Yuta Ishida)

ICHIRO:10,000分の対話

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