巨人・松井秀喜監督誕生の36年前…イチローが塁上で交わした会話 2人が“すれ違った”最初の接点|ICHIRO:10,000分の対話 #5
オリックス時代のイチロー(左)と巨人時代の松井秀喜(写真は1999年)【写真提供:産経新聞社】イチローが巨人・松井秀喜新監督に期待すること
松井秀喜が巨人の監督に就任することを受けて、イチローはこう話した。
「(巨人の監督を)一番、期待されてる(人)じゃないですか。そうなってほしいという、その期待がもっとも大きい人ですよね。一方で、一番難しいと思われていた人だとも思うんです。その人の決断だから、いやいや、何が起こったんだって……ビックリしましたね。この3年間、ずっと話してきて、あの人、嘘つかないでしょ。じつは今年の夏、(すでに殿堂入りを果たしたホール・オブ・フェイマーとして)クーパーズタウンへ行ったとき、ニューヨークで(松井と)食事をしたんです。そのとき、プライベートですからけっこう踏み込んだ話をしたとき、『今、僕は料理するようになったから、今度、シアトルの家においでよ』と松井を誘いました。そうしたら松井、『行きます』って言ったんですよね。ということは、あの時点では監督の話はなかったと僕は思うんです。(松井は)嘘をつかないからね。だから(巨人の監督になると知ったときは)ぶったまげました。松井秀喜はジャイアンツの選手として、ヤンキースの選手として、プライドを持っていて、そこでしか経験できないこと、学べないことをしっかりと大事にしているのが伝わってきました。その松井が監督になる。なんとなく薄れている印象があったジャイアンツにしか存在しない、松井秀喜が大事にしてるもの……伝統、品格、重厚感を完全に備えている人が現場のトップになるんですから、それが選手たちに浸透して『ジャイアンツの選手ってやっぱり違う』というものを持った世界で唯一のチームに、またなってくれるんじゃないかと期待しています」
巨人の新監督に就任した松井秀喜氏【写真:加治屋友輝】松井への敬意に満ちたこの言葉がイチローから溢れ出てくるのは、“KOBE CHIBEN”でイチローと松井がともに過ごした濃密な時間があったからだろう。
あれは2年前のことだ。
イチローは、まるで恋人の到着を待っているかのようにソワソワしていた。初めて出会ったのは中学生のとき、ゆっくり話をするのは約20年ぶり、食事をともにするのは50年を越える人生で初めて……そんな相手を待つイチローは待ち合わせをしたレストランへ先に着いて、やきもき、ワクワクしていた。するとエレベーターのドアが開き、彼が店へ入ってきた。その瞬間、イチローはでっかい声で叫んだ。
「ヘーイ、ヒッデキ、マツイ~!」
イチローのその勢いに松井は一瞬、戸惑ったようにも見えた。それでもすぐに満面の笑みを浮かべて、「なんでそんなにテンション高いんですか」と茶化して先輩の歓迎に感謝した。松井はこう言っている。
「お互い、引退して時間がたった分の空気感とか、距離感の変化はあったと思うんです。現役のときは同じ日本人で、歳も近くて、外野手で、左バッターで……そういう見られ方をしていただろうし、何となくお互いにそういう気持ちも心のどこかに持っていたと思います。それを今、取っ払えたのは、イチローさんがよーいドンで一気に縮めてくれたからでした。私もあのイチローさんの姿を見て、自分の用意してたバリアがなくなった。イチローさんのおかげです」
久々の対面で、イチローの“要望”とは違う服装で現れた松井秀喜
“KOBE CHIBEN”のイチローと松井。
引退後のイチローが結成した野球チームは年に一度、高校野球女子選抜チームと試合をしている。女子野球の振興を目的として2021年から始まったこの取り組みに松井が賛同し、初めて参加したのが2024年。試合前に行われたチームの決起集会で、イチローと松井は久しぶりに対面したのだった。このときのことをイチローはこう話している。
「どういうテンションで迎えようか、いろいろと考えました。あの感じに耐えられない人もいるんですよ。ウッと押されて、萎縮してしまう人もいる。松井はどうだろうと考えて賭けに出たんですけど、気圧される感じはまったくなかったですね。たぶん、いろんなタイプに対応できるんだなって……それが松井秀喜なんですよ。お互い、引退して、もう戦う相手ではなくなっていますし、何かを隠さなきゃいけないこともない。確かに、僕らの間にバリアがないというのは大きかったかもしれません」
高校野球女子選抜チームとの試合に参加したイチロー(左)と松井秀喜【写真:井上学】そう言いながら“先輩風”という名の暴風を容赦なく浴びせるイチローは、松井の服装をイジった。松井へ「カジュアルな格好で……」と伝えた上で、Tシャツに短パンという「自分史上もっともカジュアル」(イチロー)な格好でやってきたというのに、松井はジャケットを着ていたのだ。
イチロー「その(服装の)感じ、なんだか、また一個上の感じになってるよなぁ」
松井「いやいや、ジャケットの下はTシャツだし、私、デニムはめったに履かないんですよ。それにイチローさん、『敬意は大事だ』って話、してたじゃないですか。先輩への敬意ですよ」
イチロー「自分のことを『私』と言えるんだから、それも松井秀喜だよなぁ(笑)」
中学生の大会で“出会っていた”2人
2024年9月23日、松井は“KOBE CHIBEN”の4番打者として、初めてイチローと同じユニホームを着て高校野球女子選抜との試合に出た。そして期待されている舞台でホームランを打って、東京ドームを、日本中を、イチローを興奮させた。2人のハグはすべての野球好きを泣かせた。
その夜の打ち上げで、さらに3日目も今度は2人っきりで、訊きたいことを訊き、伝えたいことを伝えて、笑いっぱなしのまま、言葉をぶつけあった。美味しいものは毎日食べても平気なイチローは3日とも松井を同じステーキ店に招いた。さすがに3日連続の肉はキツいのではないかと松井に訊くと、彼は「いやいや、こんなに美味しいステーキはめったに食べられませんから、嬉しいですよ」と満点の答えを返す。女子の高校生と戦う舞台を作ったおかげで、両雄はようやく並び立ったのである。
両雄――イチローと松井の出会いは、2人が中学生のときのことだった。
(石田雄太 / Yuta Ishida)
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