「継去現己」…22歳のイチローが編み出した“四字熟語” 存在しない言葉に託したもの|ICHIRO:10,000分の対話 #4

宮古島キャンプで笑顔を見せるオリックス時代のイチロー【写真提供:産経新聞社】宮古島キャンプで笑顔を見せるオリックス時代のイチロー【写真提供:産経新聞社】

イチローが“あえて”使わない「リスペクト」、言葉への深いこだわり

 イチローの前で安易な言葉選びは禁物だ。

 先日もイチローの前で、ついこんなことを口走ってしまった。

「高校野球女子選抜チームとの試合でイチローさんが何よりも大事にしているのは、すべてに対する“リスペクト”だと……」

 するとイチローが間髪入れず、こう呟く。

「リスペクトって言いました? 言わないと思うなぁ」

 そうだった。

 このときのイチローは「言わないと思う」と優しい言葉を選んでくれてはいたものの、その実、「言っていない」と……いや、「言うはずがない」と一刀両断したかったはずだ。おそらくイチローは「リスペクト」という言葉を“あえて”使っていなかったのだろう。

「リスペクトって、軽く聞こえませんか……。あの試合はたくさんのお客さんが、東京ドームへお金を払って観に来てくれる。だからこそ、あらゆるものに対する“敬意”を表すことが大事なんです。野球に対して、相手チームに対して、審判に対して、お客さんに対して、すべてのものに敬意を持ってプレーする。そのためには相手が望まないプレー、お客さんが望まないプレーは絶対にやっちゃいけないんです。KOBE CHIBENはおじさんたちのチームで、一生懸命プレーするのはみんながわかっていること。でも、おじさんたち、頑張ってるよね、という試合じゃダメなんです」

 そういう彼の想いを表現するのに「リスペクト」という言葉は相応しくない。「敬意」という言葉が必要だったのだ。そしてKOBE CHIBENでのイチローの立ち居振る舞いを見ていると、「敬意」を尽くした彼の野球への向き合い方がよくわかる。

“高校野球女子選抜を相手に今年も貫禄の投球。9回5安打無失点の好投を見せた【写真:井上学】”高校野球女子選抜を相手に今年も貫禄の投球。9回5安打無失点の好投を見せた【写真:井上学】

 やるべきことをやっているか。

 お金を払って見てもらうのに相応しい美しさを伴っているか。

 そのために必要なのは、あらゆるものへの“敬意”――。

 そういうイチローを知っていながら、彼が口にする「敬意」を脳内で勝手に「リスペクト」と変換していたのだから、これほど迂闊なことはなかった。

 ふと思い出したのは、イチローが「野球」と「ベースボール」の違いについて話したときのことだ。

31年前に思い知った、イチローの言葉に対する鋭い感覚

 ベースボールがアメリカから日本へ伝わったのは今から154年前――1872年、アメリカ人教師、ホーレス・ウィルソンが日本の学校へ、ベースボールを伝えたのが始まりだった。

 そして学生野球の名選手で、俳句にいち早く野球を取り入れた明治の俳人、正岡子規は、幼名の『升(のぼる)』にちなんだ『野球(の・ぼうる)』を自らの雅号に使っている。さらに1894年、子規の後輩だった教育者であり野球選手の中馬庚が、部誌を編纂するにあたって『BASEBALL』の訳語に『野球(やきゅう)』という日本語をあてた。これが『ベースボール』が『野球』となった経緯だと伝わっている。そこでイチローに訊いてみた。

「『ベースボール』と『野球』の響きの違いかぁ……何だろう、たとえば『キス』と言うのと『接吻』と言うのでは、ずいぶん意味が違うような気がしませんか(笑)。『キッチン』と『台所』だって、とても同じ場所を指しているとは思えないじゃないですか。英語をカタカナにすると明るくて開放的なイメージが出てきますけど、日本語のままだと薄暗くて閉鎖的な印象になる言葉ってありますよね。もちろん、その逆もある。英語と日本語にはそういう不思議なところがあると思うんです。

『ベースボール』って聞くと開放的でおおらかなイメージがわいてきて、『野球』だと細かくて緻密な感じになる。そういう響きの違いはあるのかもしれません。僕は『野球』と『ベースボール』は違うものだと思っています。日本の『野球』で育って、それを基盤としてアメリカで『ベースボール』をやっている、そんな感覚かな」

 イチローの言葉に対する鋭い感覚を初めて思い知らされたのは今から31年前、1995年のオフのことだった。テレビの取材で宮古島を訪れ、22歳になったばかりのイチローにインタビューをした。インタビューの最後、イチローに「今シーズンを一言で表すとしたらどんな言葉が相応しいか」と訊ねて、色紙とマジックを手渡した。

“1995年当時、オリックス時代のイチロー【写真提供:産経新聞社】”1995年当時、オリックス時代のイチロー【写真提供:産経新聞社】

 おそらく、今のイチローなら、こんな安直な問いかけに生真面目に応じてくれることはあるまい。しかしながら当時のイチローは考え込んだ。その頃、イチローの言葉に対するこだわりを知らなかったこともあって、正直、何でもいいからサラッと書けばいいのに、と思ったものだ。それでもイチローは「いやぁ、困った」「どうしよう」と悩み、立ったり座ったりしながら考えに考え抜いた末、一つの言葉を色紙にしたためた。

22歳のときと重なる言葉を発した32歳のイチロー

「継去現己」――けいきょげんき、とイチローは言った。もちろん、そんな四字熟語は存在しない。

「去年の自分を継続していたら、新しい自分が現れた、という意味ですね」

 最近、イチローの取材メモを手繰っていたら、22歳のイチローと重なる言葉を32歳になったイチローが発していたことに驚いた。

「もっと先には、もっと違う自分が現れるんじゃないかという期待が常にあります」

 イチローは決して上っ面な想いを言葉にしない。心の奥深いところから発する言葉には常に理由があり、毅然としたロジックがある。だから時を経ても、彼の言葉はブレることがない。

 こんなこともあった。

 2020年の冬、イチローが智弁和歌山高校の野球部を指導したときのことだ。彼は3日間の指導を、それぞれ『見る』『一緒に動く』『考えさせる』ために費やした。それを高校生たちが「見てもらって嬉しい」「動きを見たら凄い」「何を聞けばいいのかな」と受け取るだけだったらそこまでだったろう。

 彼らが「見られている」と緊張し、「この動きが自分とどう違うのか」を考え抜き、「訊きたい」ことが心の底から湧き出てくるようでなければ、イチローから何かを学び取ることはできなかったはずだ。そういうときのイチローは、決してわかりやすい優しさを示そうとはしない。それでも飛び込んでいけば、喰らいつこうとすれば、必ず想いに応えてくれる。イチローは当時、こう話していた。

「ちゃんとやってね」ではなく「ちゃんとやってよ」

「教育って大事だなと思いました。指導する側は、される側にとって怖い存在でなければ難しい。厳しいだけじゃダメ、そこに愛情があるから成立する。自分のことを厳しくできる人はどんどん伸びる、今に甘んじている人はどんどん落ちる。そういう人には『この人に歯向かったらエラいことになる』という気持ちを持たせないと、導くことはできません」

 そして別れ際、イチローは智弁和歌山の選手たちにこんな言葉を投げ掛けた。

「期待しています。頑張って。ちゃんとやってよ。頼むよ。ずっと僕、見てるから……ちゃんとやってよ」

“智弁和歌山高校の選手を指導するイチロー【写真提供:産経新聞社】”智弁和歌山高校の選手を指導するイチロー【写真提供:産経新聞社】

 そのときのことをイチローに訊いた。

――あのときの「ちゃんとやってね」の「ちゃんと」にはどんな想いを込めたんですか。

 すかさずイチロー弾が炸裂する。

「ちゃんとやってね、なんて言ってないですよ。『ちゃんとやってよ』って……そこ、全然違うから。ちゃんとやってよ、という言葉は、3日間という時間があったから出てきたんです。1日目では出てきません。3日間を一緒に過ごして『ちゃんとやってよ』と伝えるから、それがこの時間を思い出すワードになるんです」

 そうだった。

「ちゃんとやってね」と「ちゃんとやってよ」では、イチローにとって込められた想いの深さがまったく違っていたのである。では、「ちゃんとやってね」になく「ちゃんとやってよ」にあるものは何だったのか。それは「ずっと僕、見てるから」という“物語の続き”だったのではないだろうか。「ちゃんとやってね」はそこで終わり。でも「ちゃんとやってよ」には「ずっと見てる」という続きがある――イチローが選んで発する言葉には、いつもそれ相応の理由があるのだ。

 イチローはこの秋も高校野球の指導に向かう。今年の彼は選手たちの前で、どんな言葉を紡ぐのだろう。

(石田雄太 / Yuta Ishida)

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