無報酬の中学生指導も「ボランティア感覚ない」 “鬼コーチ”の心救った教え子の言葉
「愛のある叱咤激励」は必要…中学時代の佐々木朗希指導コーチの思い
野球の指導現場からは罵声・怒声が消えつつあるが、時に「愛のある叱咤激励」が必要になることもある。岩手・大船渡市立第一中軟式野球部で佐々木朗希投手(ドジャース)らのコーチを務め、現在、大船渡市立東朋中軟式野球部(東朋野球クラブ)で指導する鈴木賢太さんは、「(選手を)甘やかした方が良いタイミングと『這い上がってきなさい』とメッセージを送るべきタイミングがある」と、時に厳しい態度で選手と接する。その真意に迫った。
「一生懸命やらないと勝負にならないぞ!」「できないじゃなくてやるんだよ!」「あと一歩行けば捕れるのに、簡単に諦めちゃレギュラーは遠いぞ!」
昨年11月中旬、東朋中のグラウンドを訪れると、約2時間の練習中に何度も鈴木さんの檄(げき)が飛んだ。この日の大船渡市は最高気温8.1度、最低気温1.0度。日も沈み、凍てつく寒さの中、選手たちはサーキットトレーニングやノック、素振りなどでひたすら汗を流した。
鈴木さんは2020年冬に大船渡一中を離れてから2年近く小学生を指導。その期間に大船渡市選抜で関わった教え子がいる縁もあり、父母会からの要請で東朋中のコーチとして中学野球の現場に戻った。東朋中は、大船渡市立赤崎中と同市立綾里中が統合して2021年に開校。昨秋の岩手県新人大会では、優勝した雫石中に準々決勝で敗れている。
須賀隆翔主将(2年)は「正直練習はきついですけど、悔しい結果に終わったので、2025年は岩手一のチームになれるよう腐らず頑張ります」ときっぱり。鈴木さんについては「練習では厳しい鬼コーチです」と言いつつ、「選手思いでチームのために尽くしてくれる、野球がすごく好きな良いコーチだと思います」と声を弾ませた。
鈴木さんは「彼らからすると暑苦しく感じると思いますし、煙たがられたり、うざがられたりする年頃でもあります。それでもグラウンドでは常に精一杯指導するし、練習からの帰り道では『今日はああやって言ったけど、次はどう接しよう』とか、いろいろ考えています」と口にする。“熱血指導”を貫くのには理由がある。
「明日、何があるか分からない」…命の尊さ知る出来事が転機に
鈴木さんは大船渡市出身。大船渡一中、大船渡高と進み、高校では一塁手や捕手を務めるもレギュラー獲得はならなかった。高校野球引退後は「一度野球熱が冷めた」。専門学校で救命士の資格を取得し、その後地元で消防士として働くことになった。
2012年、市内の飲食店で大船渡一中の教員と偶然知り合ったのがきっかけで、野球の指導者の道へ。再びユニホームに袖を通した矢先、交通事故で身内を亡くす。ショックから立ち直れず、ふさぎ込んで練習に顔を出せない日々がしばらく続いた。それでも久々にグラウンドに足を運ぶと、教え子たちが「何してたんですか。ずっと待ってましたよ」と変わらず迎え入れてくれた。
「明日、何があるかわからない。今日が最後になるかもしれない。時間は限られているから、子どもたちのために精一杯頑張ろう」。教え子たちに救われたあの日、野球の指導と本気で向き合うと誓った。中学校の指導者は実質、無報酬。それにもかかわらず「ボランティア感覚はまったくない」と言い切れるのは、根底に強い意思があるからだ。
「選手と接するときに大事にしているのは『愛』を伝えること。返ってこなくても、伝えたいことは伝え続ける。たとえ片思いだとしても、預かっている2年半の間は伝えきらないと失礼にあたる。叱る時も、たとえ嫌われてもダメなことはダメだと言い、どうにか野球をうまくさせてあげたいと思っています」
「周りからは生き急いでいるように見えるかもしれませんね」と笑う鈴木さん。「でも、子どもたちには考える力や生きる力を強く持ってほしいです」と力を込める。今は東朋中の選手たちが定めた「岩手一 To the top!」の目標をサポートすることに全力を注ぐ。
(川浪康太郎 / Kotaro Kawanami)
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