6年生初心者“急増”にどう対応? 週末参加率100%…強豪学童が挑む「2班並行活動」

“小学生の甲子園”3年連続出場を期す船橋フェニックスは、6年生22人がレベル別に2班で活動
地域や実績に関係なく、どのチームも選手集めに躍起。それでも、6年生が9人に満たないことがザラにある。小学生の学童軟式野球チームは、この20年で4割滅。もはや“冬の時代”にあるなかで、先進的な取り組みを始めた人気のチームが東京にある。世田谷区の区立船橋小学校を拠点とする船橋フェニックスだ。
現在は6年生が22人。船橋小の生徒は8人で、区外在住が3人、3年連続となる全国舞台を目指すタレントから、球歴1年未満の初心者まで、顔ぶれも広い。だが、どの選手も意に沿って野球ができているという。どういうカラクリと経緯なのか。“小学生の甲子園”「全日本学童軟式大会マクドナルド・トーナメント」の出場をかけた最終予選、都大会を勝ち進んでいる最中のチームを取材した。
昨夏の全国出場時、フェニックスの6年生(現中1)は14人いた。そのうち区外からの移籍組が数人いて、NPBジュニアも6人輩出と、主力クラスは「超」のつくハイレベルだった。5年秋の新人戦では最高位の関東王者となり、東京では無敗のまま全国出場も決めた。
その一方で、元々チームにいた選手が野球そのものをやめてしまったり、出番を求めて他チームへ出るケースも何例かあった。指導歴10年超、今年の6年生チームを率いる森重浩之監督は、近年のそういう傾向とは別に、決定的に異なる現象がこの1年で起きていると語る。
「日本のWBC優勝(2023年)や大谷翔平選手(ドジャース)の活躍の効果だと思うんですけど、野球を始めてみたい、という地元の子たちがいっぱい入ってきたんです。中には今の6年生も3、4人いて、みんなキャッチボールもままならない感じ。でも彼らにとっては、ウチが強かろうが弱かろうが関係ないことで、近所でやっているチームだからと、門を叩いてくれたんです」
昨年の秋に新チームが本格始動した際、現6年生は23人にまで増えていた。そこで、事務局を兼務する佐藤陽一コーチが提案したのが、2班に分けてそれぞれ活動することだった。以下、同コーチの弁。
「調べてみると、フェニックスには50年以上の歴史と、『野球はいつ始めても遅くない!』という理念がある。また30年ほど前には、各学年が赤白の2チームを編成していたとのこと。そこで、理念を具現化し、経験者も初心者も等しく成長の機会を得られるようにと考えて、行き着いたのが、レッドとホワイトに班分けしての並行活動でした」

始めて半年、事務局は負担倍増も「自分たちに合った練習を見つけ出せる」
全国大会を目指してガンガンやりたいレギュラー組はレッド、技能や意欲はそこまでではないけど、野球が好きで試合でもプレーしたいという育成組はホワイトに。決めるのはもちろん選手自身で、本人の意思や技能に応じて行き来もできる。
この発案に森重監督も賛同。チームで最も古株の平社知己代表もまた、突っぱねる理由がなかったという。以下、同代表。
「フェニックスは全国出場しようが、母体は船橋小で地域のチームですから、従来から地元には常に門戸を開いています。学年20人以上で普段は2チームで活動すれば、全員がほぼ等しくボールに触れて、試合に出られる。全国大会の予選などはワンチームで勝ち進めば、桧舞台に全員で立てる。良い提案だけど、心配は運営側でした。やることだけでも単純に倍になるので」
2チームの並行活動は、昨年10月あたりに見切り発車。ほぼ初心者もいるホワイトにも、主旨を理解する人格者の監督を立てて週末は単独で対外試合へ。また平日の2日間は、レッドとホワイトに5年生も加えて、船橋小の校庭で練習をしている。これを一手に引き受けている森重監督が語る。
「平日は私しか見られる大人がいないので、一緒にやっているんですけど、集まるのは20人くらいかな。子どもたちには紅白や技能に関係なく、『一生懸命にやるんだったら、ここに来て練習しなさい。でもダラダラするんだったら、家に帰って勉強でも何でもしなさい』と常々、伝えています」
背番号「5」の田村悠選手は、1年生からフェニックスの一員に。「少しでも試合に出たい」と育成組を志願し、主将となった。それからの半年間を「ホワイトでも、各自がうまくなるためにしっかりやっている感じです」と振り返る。野球知識が旺盛で、目下の全国予選では三塁ベースコーチを務めている。
同じく育成組で背番号「17」の北島文太選手は、球歴1年未満だが、野球がさらに好きになっているという。「WBCの大谷選手を見て憧れて、チームに入りました。レッドの選手みたいなプレーはできないけど、ホワイトで半年やってきて、始める前より自分もうまくなっている。僕は野球を始めるまではテニスとか水泳とか個人スポーツをやってたんですけど、団体スポーツっていいなと思っています」。
ゆくゆくはレギュラー組に入りたいと意欲を燃やすのは、背番号「12」の街風大地選手。「僕は1年生の夏からフェニックスにいますけど、全員でやっていたときは、どうしてもうまい子たちに合わせた練習でした。実力的にレッドの子たちとは差があるなと思ってホワイトに行ったんですけど、自分たちに合った練習を見つけ出せて、試合でも経験を積めています。粘り強いバッティングを生かして、いつかはレッドにも入っていきたい」。

二兎を追うことにチャレンジも…週末の参加率はほぼ100%
レッドの背番号「10」、主将の佐藤優一郎選手は、自分たちレギュラー組が勘違いした言動のないように留意しているが、そういう面での苦労はほぼないという。
「去年の先輩たちも、すごくうまいのに威張った感じがなかったので。ホワイトには田村くんというキャプテンがいてくれて、結構しっかりやっているから、全体で動くときもそんなに大変ではないです」
今月11日に開幕した全国予選の都大会は、6年生22人と5年生3人のワンチームで参戦。30-0と大勝した1回戦の終盤には、コメントしてくれた3人を含むホワイトの6選手が、代打や守備固めで続々とフィールドへ。三塁コーチを途中で代わり、次の守備からライトに入った田村選手は、興奮した面持ちでこう振り返る。
「コーチボックスとかベンチにいるのと、ライトに立ってみるのでは、ぜんぜん違いました。景色もそうだし、聞こえる声の大きさもそうだし、何より“やってる感”があった。監督からベンチに呼ばれて『次の守備から行くよ!』と言われたときから、ずっとうれしかった。6年生全員で夏の全国舞台に立ちたいです」
平社代表、森重監督、佐藤コーチから共通して聞かれたのは「選手全員に卒団までフェニックスで野球をしてほしい」という切なる想い。事務局兼務の佐藤コーチはやはり、倍の忙しさだが、手応えも感じているという。
「全国優勝を狙えるチームづくりと、選手の成長度やレベルに合わせた活動。二兎を追うことにチャレンジして以来、週末の参加率はほぼ100%で、父親コーチの参加も多い。一定の成果といいますか、選手にも各ご家庭にも、満足をいただけているのではないかと思っています」
都大会は2回戦もコールド勝ち。今週末の3回戦を含めて3連勝すると、「小学生の甲子園」の扉が開かれる。
〇大久保克哉(おおくぼ・かつや)1971年生まれ、千葉県出身。東洋大卒業後に地方紙記者やフリーライターを経て、ベースボール・マガジン社の「週刊ベースボール」で千葉ロッテと大学野球を担当。小・中の軟式野球専門誌「ヒットエンドラン」、「ランニング・マガジン」で編集長。現在は野球用具メーカー、フィールドフォース社の「学童野球メディア」にて編集・執筆中。JSPO公認コーチ3。
(大久保克哉 / Katsuya Okubo)
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