世界一監督が抱える葛藤「反省がいっぱい」 大谷翔平を育成も…悩む“正しい指導”の本質

パネルディスカッションに参加した栗山英樹氏【写真:尾辻剛】
パネルディスカッションに参加した栗山英樹氏【写真:尾辻剛】

スポーツ庁主催「産官学連携フォーラム」に参加した栗山英樹氏

 指導の難しさに、名将も苦悩している。スポーツ庁などが主催する「部活動の地域展開・地域クラブ活動の推進に向けた産官学フォーラム」が8月25日、東京都内で行われ、日本ハムのチーフ・ベースボール・オフィサーを務める栗山英樹氏がパネルディスカッションに参加。指導方法にも言及し、悩める胸中を明かした。

 どんな指導方法が理想なのか。栗山氏は「いろんな意見がある」とし、「昔ながらの、ある程度練習量をこなすという考え方で技術を身につけることもある。逆に、筋量を上げて先に体を作ってしまえば選手はうまくなるのではないかという声もある」と相反する2つの考えを示した。

 正解は1つだけではない。その過程で重要なのが、指導者と教え子がともに「やり切る」と思うことだという。「なんとなく言われているからやっているのでは前に進みません」。自らも強い信念を持ち、日本ハム監督時代に大谷翔平投手(ドジャース)を二刀流の道へと導いた。「議論を尽くして、やるって決めたら本当にやり切るのが大事なんです」。

 野球を含めた超一流の選手について「誰にうまくしてもらったか聞くと、『この人』と答える人はほとんどいない」と分析する。「参考になる話や、ヒントを頂いて勝手にうまくなっていく。それが現実だと思う」。自らの指導についても「大したことはないです。経験してきたやり方を知っているだけであって、正しいやり方を知っているわけではないと思っている」と決して納得していない。

 自身を含めた野球経験者の指導を「自分の感覚から入ることが多い。『ああしろ』だとか、『こうすべき』とか。それが正しいとは限らない」と指摘。経験が浅くても「怪我をさせない、体を守ることは大切です。子どもたちの将来をしっかり考えて、愛情を持って接してくれる人が横にいれば、前に進む感じがします」と方針次第で選手の成長を促せると期待する。

室伏広治氏ら他競技の指導者と意見を交わした【写真:尾辻剛】
室伏広治氏ら他競技の指導者と意見を交わした【写真:尾辻剛】

「もっと厳しくぶつからないといけなかったのかな」

 第107回全国高校野球選手権では広陵が野球部内での暴力事案が絡んだ影響により大会途中で出場辞退。スポーツ界では行き過ぎた指導に厳しく対応する雰囲気が強くなっている。壇上ではパネリストの女子バレーボール元日本代表で日本スポーツ少年団本部長の益子直美氏が、主催する「監督が怒ってはいけない大会」が浸透してきていることを挙げ、部活動での指導の変化に言及。「勝利至上主義から脱却して、怒らずに指導する。一方で『1位を狙う大会じゃなくなったのか』という声もあります」との話に苦笑いする場面もあった。

 同じパネリストである青学大陸上競技部監督の原晋氏も「昔は怒ってました。最近は怒ることがなくなった」と発言。その後、益子氏が「原監督も、栗山さんも、もしかしたらちょっと前までは批判されたり、そういう時代があったのではないかと思います」と突っ込むと、栗山氏は再び苦笑い。勝利の追求と厳しい指導とのバランスの難しさがにじんだ場面だった。

 暴力は論外だが、ある程度の厳しさは必要だという意見もある。栗山氏は「指導者になり、自分が選手として嫌だったことは絶対にやらないと決めてずっとやってきました」という。ただ、ふと疑問に思うことがある。「選手たちに『自分で好きに練習を考えてください』って言った時に、自分で考えられるグループと考えられないグループが出てくるんです」。

 自主的に動けない選手も一定数、存在するというのである。「ある程度のことは一緒に考えていく経験がないと、何をやっていいか分からないというケースが実はある。自分はとにかく怒らないようにしていたし、選手としっかり話をしていたけど、もっと厳しくぶつからないといけなかったのかなとか、反省することがいっぱいある」。厳しい指導を批判する声に、一石を投じた形だ。

「全てのことに両面がある。そのことを常に我々大人は意識して考えていかないといけない。本当に自分がやっていることが正しいかどうかなんて誰も分からない。今は正しいかもしれないけど、時代が変われば正しくなくなる。苦しみながら考えていきたいと思います」。2023年にワールド・ベースボール・クラシックを制した世界一の名将が抱える葛藤。まだ見えない正解を求めて球界に携わり、活動を続けていく。

(尾辻剛 / Go Otsuji)

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