2度の指名漏れをバネに…西武柘植が正捕手獲りへ決意「自分の1番いいところを」
柘植は健大高崎高、ホンダ鈴鹿時代と2度のドラフト指名漏れを経験した
120試合に短縮された異例のシーズンを3位で終えた西武。今年、ルーキーイヤーを戦った選手を紹介しているが、5回目は19年ドラフト5位の柘植世那捕手に迫る。
小学校1年生から野球を始め、打者を抑えることの喜びを感じたことがきっかけで、中学生の時に捕手になった。群馬・健大高崎高2年時には、前年度に夏の甲子園を制し「地元では超有名人だった」という同僚の高橋光成投手を擁する前橋育英高を破り、甲子園に出場。3年時には春のセンバツ、夏の甲子園両大会に出場を果たしたが、プロ入りは叶わなかった。
「高校の時は、手応えはなかったです。リード面もバッティングも、調子がいい時と悪い時の波が激しかった。『指名があったらいいな』くらいに考えていました」
卒業後は社会人のホンダ鈴鹿に進んだが、木製のバットに慣れることに苦しんだ。また、守備でも高校時代とは比べ物にならないくらい考えることが増えたという。
「高校までは、相手の癖やバットの軌道などはあまり考えていませんでした。社会人ではバットの軌道のほかに、バッターの手足が長いなど身体の特徴や、何を狙っているか、どのコースが苦手かなど、いろいろ考えるようになりました」