楽天創設時の首脳陣が明かす秘話 「我々3人の一番の失敗」は…
5打席連続敬遠に山下氏「大洋で出ている選手も辛かった」
「勝てたので、僕自身は良かったなと思ったのですが、5打席目に3ボールから空振りを2回した。三振をして帰ろうと思ったんです。ファンの方々が真剣に見てくださっている。ファンの方々の見所はどっちが勝つか。そして、首位打者争い。この2つの見所をファンの人たちにお見せできなかった残念なゲームだった。お詫びをしないとなと思って、三振をしようと思っていた。2回、空振りした時にコーチから振るなと言われ、見逃して5打席連続敬遠になりました」
そう心境を明かした田尾氏。この時、ショートを守っていた山下氏は「大洋で出ている選手も辛かったですよ。勝負しろということで、スタンドから10円玉や100円玉、コインがいっぱい飛んでくるんですよ。その試合は悔しかったですね。やっている、現場にいた選手は悔しい思いをしましたね」と話した。
2人の縁から、2004年の球団創設時の苦労話も披露された。「大リーグのチームがスタートする時は3年間の準備期間がある。我々は5か月くらいしかなかった」と初代GMだったキーナート氏。田尾氏も「あの頃はやることがいっぱいあって、頭がぐちゃぐちゃになっていましたね」と苦笑した。
田尾氏が初代監督になった経緯も話され、同氏が「僕が監督を引き受けて、直接、コーチをお願いしたのは山下さんと駒田(徳広)です」と言うと、山下氏は「あとのコーチはみんなで話し合って決まりましたよね」と振り返った。ドラフト会議までの時間もなく、編成本部もない中で走り出した新球団。アマチュア選手の情報を集めるのも大変だったという。目玉だった地元・東北高のダルビッシュ有が腰を痛めていたことから指名を回避したが、キーナート氏は「我々3人の一番の失敗」とジョークのように話しつつ、肩を落とした。