高卒2年目は超一流への「分岐点」!? 松井秀、ダルビッシュ、大谷らがブレーク

松井秀は1年目の11本塁打から20本塁打、ダルビッシュは5勝から12勝と一気に飛躍

〇前田智徳氏(1991年、広島)129試合、107安打、4本塁打、25打点、14盗塁、30犠打、打率.271、出塁率.329、OPS.688

 前田氏は熊本工業高校から1989年ドラフト4位で入団。指名順位からもわかる通り、決して多くのスポットライトを浴びて入団したわけではなかったが、才能は早い段階から開花していく。1年目の90年に56試合に出場して打率.256という数字を残すと、翌年は中堅のレギュラーを獲得。同年のリーグ優勝にも大きく貢献し、20歳の若さにして早くも中心選手の座を手中に収めた。

 翌92年から3年連続で打率3割超えを記録し、走攻守の3拍子揃った名手として活躍を続けた。しかし、95年に負った大怪我の影響もあり、プロ入り当初のスピードは後に失われてしまう。それでも、2度のアキレス腱手術を乗り越え、打率3割超えを幾度となく達成。相次ぐ故障と戦いながらチーム一筋24年間の現役生活を送った前田氏は、その打撃への飽くなき探求心も相まって、カープファンからの絶大な支持を受け続けた。

〇松井秀喜氏(1994年、巨人)130試合、148安打、20本塁打、66打点、6盗塁、1犠打、打率.294、出塁率.368、OPS.843

 星稜高校時代に甲子園で5打席連続で敬遠されるという伝説を作った松井氏は、1年目の1993年から57試合に出場して11本塁打をマーク。しかし、打率.223と確実性に欠け、本格ブレークには至らなかった。しかし、2年目の94年には全ての部門で打撃成績を大きく向上させ、高卒2年目ながら巨人の主軸として活躍。その後も目覚ましい成績を収め、「ゴジラ」の愛称で親しまれるスター選手へと成長していった。

 本塁打王、打点王、最高出塁率、シーズンMVPを各3度、首位打者も1度とさまざまなタイトルを獲得し、球界を代表する長距離砲として君臨。02年には打率.334、50本塁打、107打点と、あと少しで3冠王という驚異的な成績を記録した。03年にヤンキースに移籍してからもMLB随一の名門球団の主力に定着し、04年には打率.298、31本塁打、108打点を記録。09年には日本人初となるワールドシリーズMVPにも輝いている。

〇ダルビッシュ有投手(2006年、日本ハム)25試合、12勝5敗、149回2/3、115奪三振、防御率2.89
 
 東北高校時代から超高校級右腕として注目を集めていたダルビッシュは、プロ1年目の2005年から14試合で5勝5敗、防御率3.53と能力の片鱗を見せる。続く06年には才能を一気に開花させ、先発ローテーションの一員としてチームのリーグ優勝と日本一に大きく貢献。07年から5年連続で防御率1点台という群を抜いた投球を披露し、球界を代表する先発投手として広く認められる存在となった。

 3度の最多奪三振、2度の最優秀防御率、1度の最優秀投手(現在の最高勝率)に加え、2度のMVP、1度の沢村賞と数々のタイトルを受賞した。米国に戦いの場を移してからもその活躍は続き、MLB1年目の12年にいきなり16勝。翌13年にはサイ・ヤング賞の投票で2位に入る快投を披露した。故障もありながらMLBで4度の2桁勝利を記録し、高い能力を世界最高峰の舞台でも見せている。

巨人坂本は2年目の2008年に全143試合に出場、チームの逆転優勝に貢献

RECOMMEND

KEYWORD

CATEGORY