名将から誘惑…左腕を襲った“悪夢” 落合博満から「やめとけばよかったね」|球界群像 湯舟敏郎#16
阪神時代の湯舟敏郎氏【写真提供:産経新聞社】元阪神の湯舟敏郎氏が忘れないオールスターゲーム
NPB通算60勝の元阪神左腕・湯舟敏郎氏(野球評論家)がキャリアハイの12勝をマークしたのは、プロ3年目の1993年だ。「僕が投げる時はムチャクチャ打ってくれたんですよ」。前半戦から勝ち星を積み重ね、オールスターゲームにはファン投票で選出され、第2戦(7月21日、グリーンスタジアム神戸)に先発した。セ・リーグを指揮したヤクルト・野村克也監督や中日の主砲・落合博満内野手との“会話”も印象に残っているという。
湯舟氏はプロ2年目の1992年、6月14日の広島戦(甲子園)でノーヒット・ノーランを達成するなど11勝を挙げた。シーズン終盤に痛恨のリリーフ失敗こそあったものの、虎の主力左腕の一人として成長を遂げた。オフには日米野球も経験。第5戦(11月4日、甲子園)に3番手で登板し、ケン・グリフィー・ジュニア外野手(マリナーズ)やセシル・フィルダー内野手(タイガース)らと対戦して2回1安打無失点に抑えた。
「日米野球はあまり記憶にないけど、もしかしたら変化球のサインばかりだったんじゃないですかね。確かキャッチャーに、”やっぱり真っ直ぐは怖くて、よう(サインを)出さなかった”と言われたような。たぶん他の人は真っ直ぐで押していた。その下地があったので、僕は変化球だけで抑えられたんだと思いますよ」と笑みを浮かべながら話したが、その経験も次につなげたのだろう。3年目の1993年は虎のエース格として、チーム勝ち頭の12勝を挙げた。
阪神などで活躍した湯舟敏郎氏【写真:山口真司】苦しんだ後半戦、10月には肩を痛めて戦線離脱
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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