甲子園のヤジで“顔面改造”も…起こった異変「おかしくなった」 苦しんだ人気球団の宿命|球界群像 湯舟敏郎#17
阪神などで活躍した湯舟敏郎氏【写真:山口真司】元阪神・湯舟敏郎氏を悩ませたファンからの指摘
元阪神エース左腕の湯舟敏郎氏(野球評論家)は、プロ4年目の1994年と5年目の1995年に2年連続で開幕投手を務めた。だが、いずれの年も満足な成績は残せなかった。人気球団の宿命で、勝てない時には厳しい声をまともに受けるが、その中には思わぬ指摘もあった。それは「いつも笑っているように見える」というもの。最初は気にしていなかったそうだが、あまりにも言われるものだから”顔面改造“に取り組んだこともあったという。
湯舟氏はプロ3年目の1993年にチーム勝ち頭の12勝を挙げ、虎のエース格に成長した。その年の終盤に左肩を痛めて離脱したが、翌1994年は初の開幕投手(4月9日のヤクルト戦、神宮)に指名された。「肩はオフの間に痛みがなくなったんですが、すごくイニングを投げられるってところまでは……。まずは5回を目指して投げていこうという話をされたと思います」。結果は4回1/3、3失点で敗戦投手だった。
打線が初回に1点を先制したが、2回に池山隆寛内野手に逆転弾。3回には広沢克己内野手の適時打で1点を追加された。その後、3登板目の4月23日の巨人戦(東京ドーム)で7回2/3、無失点と好投し、シーズン初勝利を挙げたが、前年のように連勝街道とはいかなかった。「調子が上がらなかったとか、打たれたとかもあって……」。その年は規定投球回に到達し防御率は3.05だったが、23登板で5勝7敗に終わった。
1995年も2年連続で開幕投手。4月7日の中日戦(ナゴヤ球場)で湯舟氏は7回1死までパーフェクト投球を見せた。だが、2-0の8回に中日・中村武志捕手に同点2ランを打たれると、そのまま9回まで投げて降板。試合は延長14回に阪神3番手の郭李建夫投手が打たれて、2-3でサヨナラ負けだった。「自分としてのスタートはよかった。でも勝てなかったんですよねぇ」と振り返るように、この年はここから苦しんだ。
“顔面改造”に取り組むも「肩までおかしくなった」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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