野球人生が暗転した“休暇”「行かなければ」 失った伝説の剛速球…悔やみきれぬ悲劇|球界群像 山口高志#13
元阪急・山口高志氏【写真:山口真司】山口高志氏は1978年、ほぼ救援専任となり不調から脱出
現役時代に阪急(現オリックス)で先発、抑えに大活躍した山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1975年のプロ1年目から4年連続2桁勝利をマークし、リーグ優勝は4年連続、日本一は3年連続で経験した。その中で「一番調子が良かった」というのはリリーフ中心で、13勝4敗14セーブの成績を残した4年目の1978年シーズンだ。ところが、この年の日本シリーズ前に、まさかの“落とし穴”が待っていた。
山口氏の武器は剛速球だが、プロ3年目の1977年には、まだスピードガンが普及していなかった。「テレビカメラの映像の一コマ、一コマ。リリースした瞬間からキャッチャーミットに入るまでを一コマ何秒かで計算して、俺の場合は154キロだったという話は聞いたことがあった。うろ覚えですけど、尾崎行雄さん(元東映・日拓)は映像で計算したら156(キロ)だったと言われていたと思います」。もちろん、実際はもっと速かったという説もある。
それほど山口氏のスピードボールは注目されていたわけだが、3年目も猛威を振るった。42登板で13試合に先発、2完封を含む10完投で10勝12敗11セーブ、防御率3.06。しかし「そろそろバテて来た頃じゃないですかね」と言うように、シーズン終盤は調子を落とした。前期優勝の阪急は後期優勝のロッテとプレーオフで激突し、3勝2敗で突破したが、山口氏は2試合にリリーフ登板して勝ち負け関係なしだった。
最優秀救援投手賞に輝きパ4連覇に貢献も…腰痛で日本Sに出場せず
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜山口高志編〜
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