“MVPの車”目前で痛恨の大逆転負け 逆境救った36歳右腕の快投「これで大阪に帰れる」

元阪急・山口高志氏【写真:山口真司】
元阪急・山口高志氏【写真:山口真司】

1976年日本シリーズで巨人と対戦…山口高志氏は5試合に登板した

 次は「打倒・巨人」を成し遂げた。元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏(関西大学硬式野球部アドバイザリースタッフ)は1975年のプロ1年目に日本シリーズMVP、新人王に輝くなど大ブレークした。2年目の1976年も12勝10敗9セーブ、防御率2.82で、2年連続優勝に貢献した。日本シリーズは巨人に勝って2年連続日本一。2年連続シリーズMVPはならなかったが「(副賞の)車のハンドルに手がかかっていたんですけどねぇ」と苦笑しながら振り返った。

 1975年のプロ1年目から大活躍した山口氏はそのオフ、各方面から引っ張りだこだった。「ホント、プロはオフも忙しいんだなって思いましたね。サイン会とかね。(球団は)先輩のところには全然、声をかけていないみたいで全部、俺のところに来たんですよ。1年目はゴルフをやる暇もなかったです」。日本シリーズMVPの副賞は車だったが、免許を持っておらず、自動車教習所にも通おうしたが、こちらは続かなかったという。

「(阪急でチームメートの)河村健一郎さんと当銀(秀崇)さんと3人で免許を取りに行こうとしたんだけど、2人の教本を俺が預かって、どこかに飲みに行って忘れてきたり……。教習所には3回くらい挨拶に行ったかな。3回ともキャンセルして3人ともいまだに免許を持っていない。『お前が教本を飲み屋に忘れたからや』ってよく怒られましたよ」。私生活では長女が誕生。それも大きな支えになって2年目のシーズンに臨んだ。

 3月下旬のオープン戦で打球を右膝に受けて出遅れたものの、1年目よりもさらに先発、抑えにフル回転し、阪急の前期優勝に貢献した。オールスターゲームにも監督推薦で2年連続出場を果たし、第2戦(7月18日、後楽園)では先発して3回無失点。広島・山本浩二外野手や巨人・王貞治内野手らセ・リーグ打線を相手に打者9人、47球を投げて無安打無四球4奪三振のパーフェクトに封じて勝利投手になった。

 阪急は後期も優勝してプレーオフなしで、日本シリーズに進出。この年の相手は長嶋茂雄監督率いる巨人だった。山口氏は第1戦(10月23日、後楽園)に2番手で、3回2/3を無失点で勝利投手。雨天中止で1日延びた第2戦(10月25日、後楽園)も2番手で3回1失点で、セーブをマークした。「MVPの車のハンドルに手がかかっていた」状態だったが、阪急の3勝0敗で迎えた第4戦(10月29日、西宮)はリリーフ失敗。4回1/3を3失点で敗戦投手になった。

 阪急が敗れた第5戦(10月30日、西宮)は1回無失点で、勝ち負け関係なしだった。この時点で、リリーフながらかなりのイニングを投げていた山口氏だが、この時代はそれも当たり前。それどころか第6戦(11月1日、後楽園)は先発マウンドに上がった。打線が好調で5回表を終わって7-0と大量リード。そのまま行けば、山口氏は今シリーズ2勝目とともに日本一となるところだったが「そこから崩れたんですよね」。

第6戦でリードを守れず“逆王手”も、第7戦は足立光宏が完投勝利

 5回裏に2点を失い、6回裏には淡口憲治外野手に3ランを浴びた。「淡口には落ちないフォークを打たれたのは覚えている。失敗したなってね」。当時フォークは練習中だった。「ボールでいいからと思って投げた球。真ん中辺りにいって、普通に放ったら低いところにいってボールにはなるだろう。それを打ち損ねてくれたらいいと思って投げたら、全然落ちず打ちごろの球になってしまった。(リードして)余裕もあったからフォークを投げたと思うんですけどね」。

 楽勝ムードで油断もあったのだろう。おまけに山口氏をリリーフしたエースの山田久志投手が8回に同点に追いつかれ、延長10回にサヨナラ負けを喫してしまったのだからたまらない。3連勝して3連敗で逆王手をかけられた。阪急にしてみれば、まさかの展開だった。シリーズの流れは巨人に移ったかに見えた。そんな中での決戦の第7戦(11月2日、後楽園)、阪急は終盤に逆転して4-2で勝った。足立光宏投手が完投勝利を挙げた。

「前の日にとんでもない負け試合を作った俺と山田さんは優勝した瞬間に『これで大阪に帰れますね』って喜んだのは覚えていますよ」。打線と36歳右腕・足立に救われての2年連続日本一。過去、何度も跳ね返された巨人を倒しての日本一は、阪急の悲願でもあった。「先輩方のビール掛けでのはしゃぎぶりが、広島に勝った前の年とは比べものにならないくらい、全然違うなっていう印象もありましたね」。

 山口氏自身は巨人を意識することは「あまりなかった」というが、その年に通算本塁打がベーブ・ルースの714本を超えた王との対戦は印象深いようだ。「グラウンドにおられるだけでオーラがありましたからね。構え自体、どこへ投げたらいいのかなっていうのもあった。1本足になって、右足がホームベースにかかったように見えるんです。キャッチャーがインコースに寄るとミットが見えないですからね。投げにくいなと思いましたね」。

 それだけに打ち取った時はうれしかったという。「王さんから三振を取った時なんか、マウンドでは普通の顔をしていましたけど、心の中では大喜びでしたよ」。2年目のジンクスどころか、2年連続リーグ優勝&日本一の立役者のひとりとなった山口氏。投げて、投げて、チームに貢献して、個人としても結果も出していった。この頃のプロ人生は、まさに順調そのものだった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

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