横浜は「嫌なことしてきた」 “三羽烏”のはずが…甲子園で痛感「気づいたら負けてた」|球界群像 工藤一彦#3
元阪神・工藤一彦氏【写真:山口真司】土浦日大・工藤、横浜・永川、銚子商・土屋は“関東三羽烏”と称された
“関東三羽烏”でしのぎを削った。元阪神投手の工藤一彦氏が初めて甲子園のマウンドに上がったのは1974年、土浦日大3年春の第46回選抜大会だった。2年秋の茨城大会を制し、関東大会でベスト4入りして、聖地の切符をつかんだ。工藤氏はエースとして土浦日大を春夏通じての甲子園初出場に導いたが、そこにたどり着くまでのハイレベルなライバルたちとの戦いも見逃せない。
1972年の1年夏からベンチ入りした工藤氏が、土浦日大のエースとして力を発揮しはじめたのは1973年の2年春の茨城大会だ。準決勝の大宮戦は5-0、決勝の日立一戦は2-0と2試合連続完封で優勝した。関東大会は準々決勝で、その年の春の選抜優勝の横浜(神奈川)に1-2で敗れたが、同学年の横浜・永川英植投手(元ヤクルト)との投げ合いで注目を集めた。土浦日大は3回に1-1に同点に追いついたが、4回に勝ち越され、逃げ切られた。
「俺が三塁打を打って1点取ったけど、確かスクイズでやられたと思う。選抜帰りの横浜にあまり打たれなかった。でも、勝てなかったね。横浜はちょっとした仕草、バントする格好とか、嫌なことをしてきた。(横浜の)渡辺(元智)監督の勝負勘というか、采配がうまかった」。永川投手についても「球が重いし、さすが甲子園に出ただけあって、すごいなと思った。俺も負けるもんかと思って投げたんだけどね」と振り返った。
土浦日大は1974選抜に初出場…優勝した報徳学園に2回戦で惜敗した
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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