“昭和の酷使”&納得できない年俸「どんな気持ちだったか」 疲れ果て駆け回った深夜の関西|球界群像 工藤一彦#13
元阪神・工藤一彦氏【写真:山口真司】工藤一彦氏は先発も救援もこなし、首脳陣に重宝がられた
元阪神右腕の工藤一彦氏は現役時代、先発とリリーフのどちらもこなしてチームに貢献した。「便利屋さんだったな。俺は体が大きい割に、ピッチングスタッフの中でも先発、中継ぎ、抑え、どこでも投げられたからね」と振り返るように、重宝がられた。「コーチの中には『ぞうさん(工藤氏の愛称)しかいないから頼むわ』という人もいたしね」とも口にしたが、その分、体には負担がかかっていた。右肘が悲鳴を上げはじめた。
阪神が優勝した1985年シーズン後、工藤氏は吉田義男監督から呼ばれたという。「監督の部屋に行ったら吉田さんはいなかったけど、(広報の)室山皓之助さんがいて『ピッチャーをよく束ねてくれた』って10万円くらいだったかな、もらったのは覚えている」。もちろん、うれしくなかったわけではないが「それはそれだとしてもね、せめて次の年にやる気が起きるように賃金を上げてくれないかなとは思ったよね」。
1985年の工藤氏は30登板、6勝3敗、防御率3.84だった。前年の1984年成績は25登板、7勝5敗、防御率5.10。勝ち星以外はすべて上回って、チームはリーグ優勝&日本一に輝いた。だが、年俸は20万円ダウンの1850万円(金額は推定)。「去年より内容が悪いって言われた。防御率は前の年よりよかったのにね」。この頃は契約更改交渉の時期になると悔しく、寂しい思いにさせられた。当時を振り返れば、嫌でもこの問題を思い出してしまうようだ。
右肘はギリギリの状態…深夜に車を飛ばして奈良で治療を受けたことも
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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