中日監督に「蹴りを入れられた」 両軍総出の大乱闘…伊勢孝夫が感じた身の危険「ボコボコにされる」|球界群像 伊勢孝夫#10
近鉄、ヤクルトで活躍した伊勢孝夫氏【写真:山口真司】伊勢孝夫氏は1986年限りで燕を退団、翌年から広島コーチを務めた
初の退場は闘将とともに、だった。現役時代に近鉄、ヤクルトで活躍した伊勢孝夫氏(野球評論家)は1980年に引退。1981年から1986年までヤクルトでコーチを務めた。1987年から2年間は広島コーチ。1年目は1軍外野守備走塁コーチ、2年目は1軍打撃コーチとして広島・阿南準郎監督を支えた。中日・星野仙一監督とは、乱闘騒ぎで激しいバトルを繰り広げたこともあった。「仙ちゃんは私に蹴りを入れてきたんだよね……」と振り返った。
伊勢氏は1986年限りでヤクルト打撃コーチを解任された。「来年からどうしようかと思ったけど、女房は『しばらくゆっくりしたらいいじゃないですか』って。そんな時に西武管理部長の根本(陸夫)さんから『おい、どうするんや』って電話があったんです。『まだ何も決まっていません』と言ったら『じゃあ俺に任せるか』と言ってくれたので『お任せします。どこでも行きますから』。そしたら1週間後に広島の野崎(泰一)球団代表から連絡が来たんですよ」。
根本氏は伊勢氏が近鉄に投手として入団した時の2軍バッテリーコーチ。「よく蹴られました。イボイボのスパイクじゃなくて、剣のあるスパイクでね。まぁ、ずいぶんかわいがってくれましたよ」。そのつながりが続いていた。「根本さんは広島で監督もやられましたからね(1968年~1972年)。それにあの時は(前広島監督の)古葉(竹識)さんが大洋の監督になって、広島のコーチを何人か連れていって、広島はコーチが手薄になっていたんじゃないかと思います」。
中日戦で乱闘勃発…星野監督とともに退場処分を受けた
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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