入団直後に衝撃「2年でクビになるな」 “暗黒時代”の横浜で覚えた恐怖「巨人だったら」

DeNA、巨人でプレーした梶谷隆幸氏【写真:湯浅大】DeNA、巨人でプレーした梶谷隆幸氏【写真:湯浅大】

DeNA、巨人で計18年間活躍した梶谷隆幸氏

     DeNAで14年、巨人で4年プレーした梶谷隆幸氏は2006年の高校生ドラフト3巡目で、島根・開星高から横浜(現DeNA)に入団した。ベイスターズ時代は「蒼い韋駄天」の異名を誇り、通算162盗塁のスピードやインパクト十分の打撃で活躍した。この度、Full-Countのインタビューに応じ、現役時代を回顧した。

    「横浜に入りましたけど、知っている選手がほぼいませんでした。島根では巨人戦しか放送されていなかったし、僕自身、野球をするのは好きだけど、見るのは好きじゃなかったんです。なので知っている横浜の選手は4、5人しかいなかったです(笑)」

     知っていたのは石井琢朗、佐伯貴弘、村田修一、吉村裕基と「学年が近かったので」と山口俊。看板選手だった「三浦(大輔)さんも内川さんも知りませんでした」と苦笑した。1年目の春季キャンプは高卒新人ということもあり2軍スタートとなったが、知らない人だらけのチームだったからこそ、衝撃は大きかった。

    「全く名前を知らない人たちがうま過ぎるんです……。『この選手は誰だ?』って人たちがみんな、超ウマいんですよ。キャンプ初日で自分はお呼びじゃないなって感じたのをすごく覚えています」。走るスピードに関しては負けていなかったが「打撃投手の球は“速えっ!”って思いましたし、守備もミスしない」。プロの実力に愕然とした。

     当時の横浜は最下位に低迷するシーズンが多く、「暗黒時代」とも揶揄されていた時期だった。梶谷氏は「勝っていないチームの2軍でそのレベルなんですから。ジャイアンツならどうなっているんだ、と思いました」と告白した。

    「練習したときから、もう無理だと。高卒だから1年目は面倒みてもらえるとは思っていたけど、これは2年目でクビになるなって。恥ずかしくて、自分のプレーを見られるのがすごく嫌でしたね」

     18年間に渡るプロキャリアのスタートは、自身の力不足を痛感したことから始まった。

    (湯浅大 / Dai Yuasa)

    Restart_梶谷隆幸編

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